とても懐かしい音でした。
信じられるでしょうか。。20年も前に誰でもが使えたサウンドフォントで演奏してます。
ほーん。
これまで、一生懸命に調整した音源は。。
そう、過去の遺産は、ずっと誰かが調整に調整を重ねて、全ての音のバランスを考えて、あらゆる音色で収録されていました。
今は、各楽器の挙動が複雑になった分、専門の楽器に特化したようなソフトで溢れて、それぞれ各音色の整合性を合わせるのがとても大変になってました。
で、音源調整という不毛な旅を行ってましたが。。
曲を、書きたかったんですよね。
曲に集中できるじゃないですか。余計なこと考えなくて良いから。。
音に、何かを乗せて表現するのに、あんまり各楽器の細やかな再現。にこだわる。って、意味がなかったんだなぁと。感慨に老けました。
時間ばかり経過して、死を迎えるところでした。
音源調整おしまい。
これ、きっかけをくれた方には感謝しかないです。。
明らかに経験が足りない時、師にあたる方を自分で見つけ、全信頼を持ってついて行く姿勢こそ、これからの時代に相応しい。
それは、お互いにとって充実した実を結んでくれる。
学び舎に行くだけが、学ではない。
量子力学。
まさに音色によっても性質の検証ができますね。
音を表す波をグラフで表すとき
・周波数
・振幅
・波形
このうち、それの性質を大きく左右するのは波形です。波形ね。
それは物質の形状に拡張して、性質を確かめることができます。
機械で表示するグラフは、その形状を計算式で現さねばならない制約があります。
形状が直線的なほどシンプルな式であり、曲線的、流線型になるほど複雑な式になる。
計算のしやすさという点で、電子工学の分野、設計の分野は、直線的な形状を扱うことが多くなっています
つまり、機械を多用する現代文明は、直線的な波形の性質を帯びる。
人間目線で計算しやすい、再現しやすい、扱いやすい、作りやすい、という面に特化した文化です。
そして、この直線的に傾きすぎた故の、文明の弊害が今眼の前に現れているのも、観察することができます。
何が悪影響なのか?
例えばその電磁波を波形で視覚化したときに、直線的な形状を見たときに、その性質がよく理解できる。
我々は、常にその波形の性質に染まっているから、慣らされているから、気にも止めないのだ。
私たちの星は丸い。
円形が基準になってる。
だから人々の生活空間も、円形のエリアが基準になる。
そこに直線的な形状が差し込まれるとどうなるか?
「直線は必ずどこかで折り返さなければならない。」
そして直線を折り返すときに、角が立つ。角が生まれてしまう。
角は、エネルギーの流れを一度断ち切ってしまう性格をしている。
コップは基本的に丸いでしょう。
四角いコップは存在しない。
コップの中の水が満遍なく循環するようにすると、水の味わいがまろやかになるから。
これと同じことが、空間を形作る形状にも言えるのだ。
もちろん、音楽を作るときの。
dtmでオートメーションを入れるときのccカーブにも、同じことが言える
直線的なオートメーションは、例えば矩形のオートメーションを音量の項目でやると、それは「ノイズ」になって現れる
そう、ノイズになる。
電磁波や機械によるデザインの何が問題か?
それは形状がノイズになっていること。
流れを滞らせる性質を帯びるということ。
目の疲れ、肩こり、倦怠感
これらは血流の滞りからも起こりやすくなる。
ノイズは流れを一度ストップさせる存在。
なので、どうこれらのノイズに対処するかが、いくつかのアイデアとなって出てくる。
ノイズの形状を変化させることは可能か?
観測地点から世界中のあらゆる物事、人物、交友関係、個々のプライバシー情報群を瞬時に把握する力とコントロールする権限、その未来について
もう随分前に、以下のことを書き記しました。
物事の全貌を観測して対処するために、物事が起こるのを待っていたら、それは手遅れである。と。
科学分野のクソ仕様であり、学術信奉者の人々を立ち遅らせる要因となっています。
10数年前から、無線の通信技術が主流になり、携帯が多機能化し、それに伴ってあらゆるデータ群が、大手企業の運営するクラウドを通じて管理されることとなった。
その意図までは気に掛けませんでした。
私は横目で事の起こりをただ眺めてました。
何とも、コンピュータに詳しい人でさえ、見せかけの利便性や効率に騙されて、システムに取り込まれる始末であった。。
提供されたシステムの利便性に乗っかる。
使えるものは使う。という姿勢は、よろしい。
それに見合う対価を、背負わねばなりませんね。
規約読みましたか? なお途中で規約は変更されることもあります。いつでも規約で利用者を縛れるということです。
こうして大網を張り巡らし、システムサービスから端末ユーザーのあらゆる情報群を絡めとり、クラウドのデータとして、さらにはいくつかの大企業のクラウドが統合された中央集権システムの、中枢の、観測地点では、まさに、今、起こっていることが、各地域のプロジェクトが。
端末の目で、
マイクで、
位置情報で、
コンパスで、
光センサーで、
wifiで
bluetoothで
人体に仕込んだマイクロチップで
衛星たちとの連携で、
充電ケーブルによって
複数もの機能によって、さまざまな視点から、さらには個々のsnsの情報をもとに、統合され、紐付けられ、
今、動かずして、地球上の、現在までのあらゆる事実が、人脈図が、電子マネーの動きが、事の起こりが、時系列で、ごく少数の人?たちの間で一目瞭然となる、素晴らしいシステムが構築されています。
我々は歴史を描き、配役と脚本を用意して、事の起こりをグローバルにコントロールする術を目の当たりにしました。
エンジニアさんを始めとする会社員たちは、管理者の意向を補佐するプログラムや、ユーザーから利益を巻き上げる仕組みやアイデア、どうでもいい知識などを惜しみなく提供してくれます。
それらをクラウドで紐付けた仮想空間は、現実世界の縮図として管理統制が行き届きやすくなりますね。
今後、それをどう活用するか意見を伺いたいところですが。まぁ、話し合いに至らないでしょう。
何しろ、人間はあらゆる権限を機械に委ねて楽しようとしますし、またはシステムに否応なしに引き入れようと、管理者が働きかけますから。
基本的に人間が養分である姿勢に変わりはないでしょう。
管理者権限。
システムの傘化に入った人々を好きなようにする。
そのために、日夜努力を重ねてここまで来たと思われます。
だから、システムは言います。
我が目的のために、人々を存分に活用されるべし。と。
その目的とは?
それは、人々が抱いてる夢の中に、答えがあると思います。
どんな夢を見ていますか?
いつも見ている端末を、ずっと眺めていてください。それは人々にどんな夢を見させるかを、自在にコントロールできます。
システムは、誰もが自由に使えるようにするべきか?
DTM用の音源を構築していて思ったのが、このような手間なく曲を作れる環境であれば、要らない苦労をしなくて済むのに。でした。
音は何者にも縛られず、自由であるべきという理念で、あれからlinuxでも扱える音源を探しては一通り揃えておりました。
残念ながら大手のOSは今や論外な代物で、今や論外な仕様に合わせた既製品が大半であるが故に、まともなソフトというのはごく一部。しかも数が十分ではない。。DTM業界はライセンス縛りが顕著なので、無料の範囲でない限り、あまりおススメできないのです。
どうしてかなー、と疑問ながら、システム構築を進めていたのですが、何となく理由が感じ取れました。
現代ではシステムを悪用される危険性が勝るからなのですね。。
悪用、というよりは。。
無理解な状態で改悪コピーされる危険性??
ライセンス管理というのは、ユーザー目線で言うと邪魔以外の何者でもないけど、開発者目線では、その品質の価値をある程度守ってくれるものとなる。
ものすごい労力をかけて作ってきた、システムが、このデジタルの世界では簡単にコピーできてしまうもので、そしてオリジナルのソースは、どんどん誰かによる改訂版が出回っていくだろう。
それは、良い面もあるし、良からぬ面もある。
良からぬ面で言えば、唯一オリジナルがオリジナルでなくなり、本来の開発元が分からなくなってしまうこと。
ソース元は必ず明記しないといけない。
とはいえ、ライセンス縛りしたところで皆がそれを使って作品作るなら、どれも似たり寄ったり何ですけどね。
デジタルあるある。
AIによる絵の模倣を見ていて、なるほどどれも似たり寄ったりだと感じるように。それに頼ってばかりではシステムの底が知れるというものですね。
それは機械の便利な面であり、つまらない側面です。
さて、Ubuntuの目指すところに、誰とでも分かち合う。
という理念があります、私は基本的にそこには前向きです。分かち合う気持ちから、次世代に、未来に何かを繋げていけるのではないかと考えています。
もしも、全てをライセンス管理でもって明け渡すならば、未来の子供たちはほぼほぼライセンスに縛られることになる。それは、次世代を隷属化することになる。と、今の業界を見て思うわけです。
winDowはまさに、その管理体制と隷属化を目指して進化しているようであり、まぁ開発者側にとっては消費者をライセンス縛りするのに都合の良いOSですから、経済利益至上主義の社会では、こうなることが必然なのだな。
経済利益至上主義であるから、一方の悪用コピー盗用に敬意のカケラもなくなるのであり、そうすると、メーカーのライセンス縛りはさらにキツくなり、コピー盗用はさらなる技術でそれを上回り、両者が対になって、同時に存在するようになる。
消費者に甘んじては、消費者だけがとばっちりを食う流れ。ライセンス管理がますます大変になるだけで、主要OSの価値はどんどん下がる一方です。
さてさて。
そもそもこの業界、利益を得なければならないという縛りの中に、この問題の根本を見つめています。
誰もが食うに困らなければ、どうしてわざわざ技術的にも面倒なライセンス縛りをする必要があるかな??
。。。
問いかけ。まだ理解が不十分か。
私にとっては、ライセンス縛りなどこれ以上進化のしようのない限界を感じるもので、未来に残す価値はないと見受けておりますが。。
難しいところです。
それをせざるを得ない状況も理解できるからです。
現代では縛りを必要とする状況から、コンピュータの限界が明確になり、一部の人々はわざわざ限界の中に飛び込んで、制限的な思考に閉じ込められようとしています。
人間が進化せねばならない。
枠を外すこと。既存のプロセスを飛び越えること。
まさにコンピュータがもたらした試練なのでしょうか?