音楽を作る夢

せみなーを受けてるような夢でした。
どうやって音楽作品を作ればいいか。

アフリカンな感じの方が聴衆席に座ってて
参加者なのに私が前に出て、教わった内容の実演とかしてた。

そう、これは「火」のイメージ。
アフリカンな方が、リズムを奏でて云う。
燃える火、皆で薪を囲んで踊るリズム。この音色が火のイメージを想起させる。

ダンダダダンッダダ
ダンダダダンッダダ
ダンダダダンッダダ
ダンダダダンッツツ

 

あなたに火のイメージが宿った。
これで火の曲が掛けるよ。

 
「こうして、一つの曲が作れるようになります」

どっからか講師の人がおっしゃいました。

 
「なるほど、では氷の曲が描きたいときは、氷のイメージを取り入れるのですね」
 

うむ、アラスカに棲む方のイメージに入って奏でよう。
氷の音。カキンカキン、キンキン、キン。

氷の音がやdる。
擦れば、火の音、氷の音、描けるように鳴る。

そして、それらを組み合わせる。
火と氷、自分の中で別々に組み合わさって、新しい音楽ができる。

×要素分くりかえし。
 

そっかー、そうだったかー。


芸術分野の昇華

何かの作品を描いてしまう
その強い衝動は、苦痛や孤独感からもたらされる時もありました。

物悲しい作品だった過去の音。
あの時の記憶。

心が絶望二、染まるだけでは済まない…
死にも勝る苦痛が、あれは本当に…
ヤバい、あんなのが現実に、あるなんてオカシイ。

相応の代償を受け入れる覚悟をしなければ、割に合わない野が山ほど、なんだあれは…

ってくらい酷いものでした。

確かに芸術分野では、凄惨な経験を経た状態で、とんでもない化け物作品を産出する事もあるのだろうけど

それとは違う、幸せで幸せでたまらない状態からしか描くことのできない、素晴らしい作品だってある。

今は後者の作品の方が存在自体稀だけど、もし多くが其処にクローズアップされたなら…

もっと、素敵な現実がやってくるのではないか。

しかし其処はまだ存在自体があやふやで、ついまやかしの幸せを願っては、失意のどん底に叩き落とされる現実世界だ。

ひどいね。

もう何もかも諦めてしまえばいい。

死も、苦しみも、受け入れて、尚、存在を感じられたなら、底から進めばいい。

いつしかのそんな過去とも、もうすぐお別れかもしれない


欲望の対価

覚悟の足りないうちは、それなりの望みでしか適わない。
欲望を叶えるのに、釣り合う対価を負う気もなく、その分をさらに他から欲れば、さらなる矛盾が自己を苛む。

望みを叶えるには、相応の対価が必要。
対価を支払う覚悟ができて、初めて自分自身のモノになる。


積み重なる欲望の矛盾

欲望の正体、の続き。

もし、起点の欲望が叶えられない場合、それを叶えるための新たな欲を生み出してしまう事がある。

(起点の欲望は、自分にすら無自覚な場合が殆どだけど)

理想郷を創りたい。
その為に土地ほしい。
土地買うお金ほしい。

ならこーするか、あーするか。あの手この手。

都会に居た頃は、都心部の土地の相場で考えてたから。
うん千万とか、とんでもねー金額をどーするかばかり考えとった。

 
結果的には、ほんの幾らかで移り住むことが出来たが…
必要なのは、土地が余ってること、その伝手があれば済むだけであったと知ることだった。
でも、当時はお金で何とかするしか方法を知らなかったばかりに、随分な遠回りをしてしまった。

 
物理的には10年前でも実現できた。今のような状況。
気づくまでに大分掛かってしまった。その代わり、多くの経験を乗り切ったわけだけど。
音楽も、物語も、ブログも、サイトデザインも、その副産物。

大抵は何とかできたから良かった。多くの条件を揃えられた!
(そ~思えば、積み重なる欲望も悪いものでは無いと言える…)

 

 

一方で悲惨なのが、相手あっての欲望が絡んだ場合。。。

 
幸せになりたい。誰かに愛されたい。
ああ、その辺に私でも攻略可能なイケメン落ちてないかな?
王子さまのためだったら、私何でも頑張っちゃうのに!!!むきむき(。◕ ∀ ◕。)ノ

いつの間にか、自分が置き去りになってる…
幸せになりたいのに、その為に、相手の為にと積み重ねた欲望は、自分を追い込む結果を産んでいく。

結局は、人からよく思われたい。周りからどうだこうだとか、

人の思いや感じ方は、自分ではどうにもならんからな。
幸せを、人の如何に依存しては、ずっと矛盾を孕む欲望ばかり積み重ねてしまう。そして発狂。
残念でならない、相手の為に奉仕する立場で、生きつづけた結果である。

 
まぁ、それで相手が健全になれば、つまり相手が真に幸せを感じてくれたなら、自分もOKなんだろうけど。
中々にリスキーですね、このご時世では…個々があまりにも満たされない人間社会が大半だから。
社会が健全になればまったく問題ないのだろうけど、それ待ってたら死期が訪れて舞うわな。
多くの人が、叶わない欲望に対する不満や不平を抱えて、生きて、尽力して、苦しんで、他人に構ってる余裕なんて中々ないよ。

 
ま、いよいよの場合に、欲望を取り去る、自分を見つめなおす行為が必要になってくるんだと思う。
その為にその為にと、積み重ねてきた欲望矛盾を無視して無視して、本当の起点の思いに辿り着いた時、底を満たしてあげれば済むだけ。

 
簡単だな。そして、本人にはハードだろうな…

どーにもならん状況は、何もかもリセットするしかないすわ(。0 _ 0。)ノ


欲望の正体

欲望。

これがどういう影響をもたらすか、何となく理解できた。

まず起点の思いがある。「生きる」ための欲望。

「食べ物に困らないように」
「ずっと健康でいられるように」
「お金に困らないように」

 
こうしたい、そうなりたい、ああされたい。
自分の中に足りないものがあって、それをどうにか掴もうとする行動!
自分自身の力で達成できるのであれば、そのように行動すればいい。

 
しかし相手があっての欲望となると、人は可笑しな行動をしてしまうみたいだ。
「自分がして欲しい行動を、相手に対してする側に立つ」無意識に行動してしまうようだ。

人によく思われたい、がその典型。

愛されたかったり、必要とされたかったり、理解して欲しかったりすると。
足りない愛を、依存を、不十分な理解を相手に押し付けてしまう。
自分がそのつもりがなくても、相手を引きずってしまう。遠ざける行動をしてしまう。

 
逆に「相手にそうしたいと思う行動を、自分がされる側に立つ」ということもあり得る。

 
なるほど。なぜか。。
思いを叶える方法を自分自身で見つけられない場合は、誰かの存在を経由する必要があるからか。と推測。

 
自分に理解がない場合、相手を理解することは難しい。
ならば自分を理解せしめる行動を、相手から引き出す必要があるわけだ。

健全な医者でしか、患者を治せないように。
不健全な医者は、患者を診てるようで、実は自分が治療される側に立ってる場合が多い。

 

患者さん。
治して欲しい!と思って、医者に見せに行くと、大抵悪化する。医者を治す側に立つから。自覚在る?
今の世の中世知辛いから、こういうちぐはぐな状況はたくさん生まれてしまってると思う。

けれど、自分と相手と。確かな関係を築けていれば。いずれなるようになる。
不十分な理解によって、自分が反対の行動をしてしまってることに気づけたなら、其処から変わる。

因果応報で「やっとことは還る」から。

 
矛盾が解かれることで、想定以上の逆流の力が、これまでの望みを叶える方向に働くだろう。
今まで自分の中に足りなかったものが満たされて、自信を持って生きる力に変わる。

今後、自分が治す!という意志で医者の意見を聞きに行くと、治療を自分に活かすことができる。快復に向かっていくだろう。
 

 

欲望の正体は、矛盾。苛まれるもの。
足りない自分に、自分が何をしでかしてたのかに。
気づき、紐解かれることで、望みを叶える力に変わる。