ロマン溢れるモバイルソーラーPC

こちらの記事に拍手いただいちゃいました(‘ ‘*)

https://timelessberry.com/column/linux/pc11solarmobilepc.html

ロマン感じましたか?!!

ありがとうございます(>v<)! けっこう思い切った選択でしたが、なんとかなりました。 起動も早く、制作も全く苦にならない。 夢のような環境です! 余力できましたら、ぜひ挑戦してみてください。


4.5wのDTM環境

お陰でオフグリッドの兆しが見えてきました。

お山の暮らしは、電気が決して必要なものではない。、が、電気を使うためには送電線や電柱設備、+電気的な制約を負わねばならぬ、何となく割の合わなさ。

お山の原動力は、別のが似合うね。電気とは相性良くない。

大掛かりな電気設備に頼りたくないなぁという思いから、ソーラーモバイルのみでDTMができる工夫をしてみました。ここ8ヵ月間。

結果的にOSをLinux xfceに、DAWをREAPERに、音源は.wav→.sfzを扱うようにすることで、最低ラインのリソース消費で動く見通しが立ちました。

10年以上前のフリー音源で、今でも周知されてるものって何かあるんですよね。
sfz形式にもよく合うし、うちのコンセプトにぴったりなのが多い。

で、普段の消費電力4.5w
45whのバッテリーで最大10時間持つ。25wソーラーパネルおおよそ晴れの日に賄える充電量、余裕でした。

はー。だいぶスッキリ。
フリーエネルギーで技術的には可能ですね。フリーDTM。しかし、このカスタム方法は一般的に広まってない。

一応、今後の参考にコラムを書きました。が、なんでかなぁ。時代に逆行してる感触がある。業界が、違う方向性を求めてるからかなぁ。

金銭的に、せいぜいノートパソコン本体のお金のみでいけるのは、経済優先だと広まらない気もする。性能も一昔前の型落ちので十分。

しかしその分の時間と、慣れないことに向き合う労力。半端ない。仕事とか家庭との両立は厳しい、

パソコンの動く大まかな仕組みを理解して、少しずつ調整を重ねる必要がある。

作曲ができるようになるまでの時間は、かなりかかる。

学生さん向けなんだろうか。

そもそも作曲を試してみたいだけの段階で、1からシステム構築するんだろうか??

謎すぎる。

見返りは、ソフトの立ち上がりが早い。作業の負担が少なくなる、電気設備(電柱や送電線含む)が要らなくなる。

。。。謎。

そのために、設定に調整に約1年もの歳月が消えた。周りの方々にもお世話かけました(問題解決に意識をとられまくった)

これでも、多くの先輩たちのコラムのお陰で達成はできた。下準備は。

あまりに時間かかる。

この選択。
お金もエネルギーも要らんが…

。。。


なまけものになりなさい

水木しげるさんの言葉にあるようです。

「なまけものになりなさい」

 
個人的な解釈だと、
人はだれでも怠け者で生きられる。怠けて生きていける。そういう生き方を誰もが歩める。見つけられる。
だから皆、人生楽しく好きな道に進んで良いのだ。と、おっしゃってるような気がしました。

 

これは「無駄な仕事を省いていく」に通ずる。
残るのはシンプルな形になる。

「生業」というのに近いかな。

 
怠けていても生きられる経験を踏んで、人生は確信に至ります。
極限にまで怠けられる人生を突き詰めることに、仕事の本質が宿ってるという側面に。

そこに必要なのは観察眼。生きるに必要なのは何なのか?
よく視ること。存在の意味を知ろうとすること。

実に、シンプルなモノほど価値を見過ごしやすい(‘ ‘*)
ただそこにあるだけのモノほど、とてつもない力を秘めたる。

よく視るのです、今までとは違う視野を開拓するのです。
少しずつ、今まで見えなかったこと、いろんな事が分かるようになる。
その中に、怠けていても食べていける確信を持てる見解に行き着く。

参考:http://jksmura3.blogspot.jp/2015/10/blog-post_13.html

 

後で検索してみました
http://cocorofull.jp/youkai/?p=320


大人たちの負債

あ〜これこれ(。◕ ∀ ◕。)ノ
多くの子供たちの総意だよね。

負債ガッポリ、俺ら関係ないっすわ〜(‘ ‘*)

日本は愛せない国になっていた
 

さて、表面的には、国の政治?に問題が在るように見える(のかな?)

時の「権力者〜」の下りは、まさにそれ。
なんか、いつの時代も変わらない。
歴史は繰り返す、その名の通り、変わってない。

 
 

 

 

 

ただ、よくよく掘り進めてみると
根本は、もっと単純な問題に行き着く。

 
上記の、この訴えは、
子供たち一人ひとりの嘆き(‘ ‘*)

「ゆとり」だの
「年金」だの
「戦争」だの

大人たちが、勝手に決めた問題に対して。
自分たちの都合に合わせて、叱咤し、子どもたちに言うことを聞かせようとする部分に対しての。

子供たち一人ひとりの嘆きに通ずる(‘ ‘*)

 

 

子育て、教育、そうじゃない?

大人たちの作った、社会のルールが在って
そのルールに、枠に無理やり押し込めるように、
子供たちを雁字搦めにして。

家単位で見ると流れが掴みやすい。
赤ちゃん、お母さんや親の言うとおりにするしか生きてけないから
自らの心を殺してまで、いい親でいようとして。いい子でいようとして。

子の支配は、そうして次世代に受け継がれていく。

 
いよいよ許しがたい範囲を超えた時
歴史では、次々と革命が起こった。
時の権力者、つまり大人たちに対して、
その子供たちが、支配に抗って打ち負かした。

そして、勝利を掴んだ子供たちは、
また同じように次世代の子供たちに対して、また一から
自分たちの作った「一方的な正しさ」の枠に押し込めようとした。

  

問題の根本が、まったく理解されてなかったんだよね。
だから、表面の姿形が変わっただけで、歪みが全く正されなかった。

 
 

大人だ。

いつの時代も、一世代〜前の常識が、邪魔をする。
自分や、子供たちに、約束されていたはずの自由を。
不躾にも憚るのは誰ぞ?

先祖代々の呪いであるかの様よ。
教育、常識、固定観念、ルール、制度。

 

消・去・

 
 
そう、全ての大人が、頭足りないんだよ。
どの時代でも、子供のほうが、赤ちゃんのほうが、これからの未来に対して優れた感性を持っておろう。
その感性を無視して、自分たちの枠に、過去の常識に、社会通念に従わせようとすることの、愚かさよ。
 

訳の分からんルールに囚われたならば、
幻影に振り回され、ついぞ自分を見失ってしまっただろう?

それは、自由を奪われた子供時代からの嘆きから始まり、
今、最も分かりやすい形で、問題が現れている。

 

ある意味、子供時代から、大人の、そして社会の愚かさを確信させられた。
それがために、誰もが引き篭もることにした。
 
 
大人たちが何を言おうと、子には関係ないしな。
個は個で、好き勝手して生きていけるしな。

周りが邪魔なだけ、あ〜めんどくせ〜、って感覚。

 

親の、子に幸せに生きて欲しいって気持ちは、汲んであげるよ。
大人は、子供の為を思って、手取り足取りレールを敷こうとしてるのは、
気持ちだけは汲んであげるよ。

でもね、それ。

迷惑以外の何物でもない

 

本気で、ほっといてくれ、って感じだ。

全、親に対してそう想うよ。

 
 
 

ほっといてくれ。

親がどう思おうが
何を考えようが
子には関係ない

 

子を矯正させようとするなら、
子の全存在を以って、詩がもたらす大罪を、親自身へ。

全ての「親」に対して、死ね。


孤立

時々、自分が誰だったかを忘れる時がある。
誰だっただろう、繋がりが無いとすぐさま忘れ去る。

もう本当の名前さえ、まともに思い出せない。