様子を見るべし2025年

世の中の流れに耳を傾けると、おかしな情勢が瞬く間に流れ。AIのお通りの様子や、流行病の様子など、シナリオの向こう側が透けて見えるようであります。

そのシナリオを推し進める主な道具に、なるほど。端末が利用されているようです。ラジコンのリモコンのように、リモートで。端末の本体は、メーカー側にあることを、まだ表側には知られていないようです。

端末の本体は向こう側にありますので。できるだけそこと関わりを持たず、平和な暮らしを維持することを確かめようと思います。

端末の有り様を通して、現代の縮図を体験しています。

コロナという流行病の告知以降「何もしないこと」が、最も有効な選択肢でした。
これは端末にも当てはまることで、本当に何もしないことが、一番の安全な選択でした。

賽を投げる。

何かを諦めるときの言葉に、神聖な響きを思います。
賽を投げるとは、森羅万象が介在する余地を与える。に等しい。。

これで運命は動き出す。

人だけの社会においては、手放した先に、権力者の采配に委ねる内面的な恐怖を思わせ、なかなか実現に至りません。

何もしないとは。どのレベルで??

リモコンのアンテナを握らされていて、そのままで良いのか?ということには、疑問です。

賽を投げます。


SNSの目的

個人情報収集ツール
並びに、管理社会体制に向けた布石。


SNS

あらゆるサービスから締め出しを喰らう。
今まで通りの使い方で、次々にBan。
SNSでの交流は、一旦諦めた方が良いかもしれない。


狭間

今の社会はAIが活躍しやすいような、単純作業と画一化の土俵で、仕事が回っている。

自然界は逆に、複雑化と多種多様の働きで、豊かになっていく。。

逆周り。

私たちは狭間に居る。

自然界は曲線しかない。
機械言語は直線しかない。
どうバランスを取る?

もともとの世界で、機械に携わる人間の人生の大半をかけて組んだシステムは、いずれ役立たずになる運命を決定づけられており、彼の人生の是非を問う。

自問自答の、悲しみを背負います。
さぁ、進まれよ。迷宮の入り口へ。

なお、出口は入り口です。


言語の前へ

言葉が生まれたことにより、人々は完全なるコミュニケーションをとることが困難になった。