フリーエネルギーの形

一度、電気的な制約から外れた方が良い。
エネルギーを限定的な形で捉えてしまうと、他の恩恵が目に映らなくなる。

街中で暮らしてた時、電気がなければ生きていけないと思ったように。
その延長でフリーエネルギーで電力を賄う。。という方向性で考えてた。

それが本来の自然の場に移ってどうだったかというと

森林に囲まれた小屋は、夏でも冷房など要らんくらい過ごしやすい。
冬の暖房や煮炊きは、近くの竹林の端材や乾燥した枝、炭、ある程度の薪で十分かもしれない。

冷蔵庫の必要性は。。
少し古い時代の保存食や文献などを読み漁ると。。
実は無くても何とかなるケース。

パソコンとか端末などは、そもそも必須でもないし、工夫次第で省電力化できる。
モバイルソーラーとバッテリーのみで賄える形。

これで、総合的な電気の必要性は激減される。

しかし世間様の流れは、近年激しさを増してるように感じる。
電力依存、ネット依存、スマホ、パソコンのクラウド依存、5Gやwifi電波依存、人間が作ったはずの人口システムに逆に絡め取られ、常に個人情報を監視されるように仕向けられる。

大半の人間を莫大な動力喰いシステムへと引きずり込んでいる様子。今後ますます加速するかも?

その世界線だと、フリーエネルギーは開示できないだろうと思う。Windows的思考なので、どんどんユーザーに消費させて有り金毟り取った方が良いので。

ただで使えない!という制約を、如何に利便性のガワだけで誤魔化し、大衆に浸食させていくか。
大衆から本当の資源(フリーエネルギーに値するもの)を見えなくさせ、代替え手段として、便利なグッズや仕組みを提供するのだ。維持コスト多大な数々のモノを忍ばせて。

日本の歴史も、近代から現代までの国家事業も、補助金システムも、法も教育も医療分野でも、根本を辿れば、それらの流れを後押ししている面を、はっきりと理解できる。

私たちは知らない間に、物事に対する認識を錯誤させられている。
注意深く、生活そのものを見直さねばならない。


無自覚の恐ろしさ

無自覚について

無自覚。
被害を被る被害者の無自覚。
因果が巡る。

何も悪くないのに?

自分が何をしでかしてるのか分からんところが恐ろしい。
見ているようで、目に映ってなく、聞こえているようで聞き流してたり、手足の感覚がないまま行動してたり、まるで自動人形のように。

どうして自分がこんな目に会わなくてはならないのか。カケラも理解できず、プログラムされた行動パターンに沿って知らず加害者役となりながら、周囲に被害を増やし続ける。

無自覚なので治しようがない。

それは。。。

感覚の開かれない状態にある限り、立ち振る舞い難しくありませんかね。

むずい。どうしろと?

滝にあたる。


無自覚の罪

無自覚の罪

罪は、無自覚に積み重なるものらしい。
生きてる間に幾つの命を無駄に潰してきたかなど、考えすら浮かばないのと同じ。

それは生きてくのにお金が必要だと思い込まされてるように。

経済優先で働くのが、さも立派なことのように。
副次的に環境破壊が起ころうとも、仕方ないで済まされる世の中で、殺戮の罪を有耶無耶にされるように。

上流階級の選ばれた市民にとって
格下の労働者を奴隷として扱うのは当然だと思って疑わないように。

嫌がる子供を無理矢理にでも学校に行かせるのと同じように。
会社に就職させて、働かせるのを当然だと信じて疑わないように。

畑の作物は農薬をばら撒いて、形のいい物を揃えることが至極当然のように。
雑草だらけの荒地に除草剤をばら撒くこと同じように。
家畜にホルモン剤入りの餌で無理くり太らせ、短期間で屠殺するのと同じように。

ペットは鎖で繋いでおくものと信じているように。
獣害には、その獣を殺してしまう対処しか知らないように。
虫は潰すものだと勘違いしてるように。

平気で汚水を垂れ流すような生活を、当たり前の暮らしだと信じて疑わないように。

種の品種改良に、遺伝子レベルの改変を混ぜ込んで、会社の特許下で利益を確保するのを、さも当たり前に受け入れる国民性のように。

まさに、人間が、人間基準での、当たり前の、常識的な範囲での、当然のような生き様が、無自覚に、その人間自身に、跳ね返っていることを、知りもせず、無自覚に、そのまま、滅びをもらたす様を、目の前に、ただ眺めているのみ。

毒入りの食事。
毒入りの洗剤。
毒入りの注射。
毒入りのマスク。
毒入りの住まい。
毒入りの端末。

莫大なコストを要する電子技術に飲み込まれて行く様。袋小路に追い込む政策。教育。常識。

やっとその正体を知る。
だから言葉にならない。

人間が償うべき、周りのすべての生命に対して、やってきたこと。そのままの姿でしかない。


スマホは情報収集ツール

人工衛星とのコラボで、画期的な情報収集ツールに進化を遂げたスマホpcそのた端末くん。

ユーザー一人一人が、国際エリート企業の目となり足となり、管理者権限を持って地球上のあらゆる場所や国々、そこに属する大衆意識などを同時に観測することが実現されました!

今、携帯端末はAppleかGoogleちゃんの二つのグループに分類できます。それぞれの強みを見ていきます。

Apple.
iPhoneやiPad…Macなど
端末からシステム開発まで、全て自社で賄っている。
統一された監視体制でデータを共有しやすい、ユーザーを紐付けにすることが得意。情報収集のエキスパート。

。本名
。住所
。電話番号
。メール履歴
。口座、クレカ情報
。写真
。連絡先
。位置情報!
。行動範囲
。指紋情報
。顔認識情報
。端末使用状況
。興味、関心
。音声識別による会話
。利用アプリ
。検索履歴
。Safariでのネットサーフィンの履歴
。メモの内容
。line等の内容
。端末内での書類データ
。ワクチン接種状況等

Google
端末はバラバラだが、ネット上での監視体制に秀でる。
誰もがGoogleで検索する時代、大衆の動向を見ながらの、与える情報の選別、コントロールが得意。

。名前
。支払い情報
。電話番号
。音声認識
。位置情報
。指紋情報
。検索履歴
。興味関心
。Gメール
。写真
。アプリ使用状況
。ラインの内容
。連絡先
。ネットの閲覧履歴

どっちも凄いが。
得意分野が違う。

さぁ、どっちを選ぶ?


スマホ最適化

スマホに求めるものを減らす

IT業界には益々隔たりを感じる。
一般人は、大層な技術など望んでいない。無駄にコストが大きくなりすぎている。

近年の、何でもかんでもスマホでやれてしまう所は修正を施す。
ぶっ壊れた時とか、使えなくなった時に洒落にならなくなるので、見直す。

電話、メール。インターネット。
最低でこんなもんか。

カメラ、ビデオ、
。。。これは、補足的。
デジカメでやってる時代があった。

個人情報紐付けされない強み。
ただしSNS前提の現代では、一般人に不向き。

録音や収録に関して。
これは専用のレコーダーがあった。
音屋なら、こっちの方がいいやん。

これなら様々なデジタル認証なども真っ白にして
ガラケーに逆戻りするのも手か。

。。。

スマホのために始まったwifi前提の通信インフラは、身体や健康面、暮らしの負担が膨大である。
通信インフラによる法外な出費増、これらで儲けた企業は益々設備に依存させる暮らしを勧める。それ無くして居られなくする。

悪循環。

主企業三者とも、全利用者に無言で問いかけている。

与えられる道具は、各々の目的によって自分で最適化しなければならない。

至極当然のごとく。
道具に踊らされるなど以ての外。

究極。切り捨て。いつの日か