意識の変化が、降りかかる問題の打開に繋がる

人間社会は、今後激化の一途を辿る。
その中で生き抜く、地上を美しい星に転換させるビジョンには、各々が一人の人間としての自覚と才覚に目覚めることが必要。

人間社会での[人脈]が、人生において色んな恩恵に発展していくように

この地上において、[様々な命との意識の繋がり]は、今後の暮らしに重要なウェイトを占める。

人間社会を越えて、一人一人が自然との意識の繋がりを思い出す必要がある。

自分で[意識]することによって得られた体感が、自身にどれほどの理解をもたらしてくれるだろう!

それが、人に課せられたあらゆる制約を振り解く力になる。


人間社会は元に戻らない

もともと、現状の社会構造が存続不可能な状態で始まってます。

社会に押し込まれた人間族の営みは無理を強いられ、それが本人たちの暮らしに留まらず、自然界や地上、海、多方面にまで弊害を垂れ流しまくるので、全てに無理が祟っていずれ壊れる宿命にあります。

ていうか壊してるのが人間側です。
うまく行けば、一人一人が矛盾点に気づいて意識が変わることで、徐々に持続可能な社会に移行できるはずでした。

けど、そのルートは絶たれた。
認識を改めなければならないほどの惨状。。

まるで覚悟が足りなかった。、

。。。

壊される側は許容範囲を越えた(今回のワクチンのカルマで明確なレッドゾーンとなりました)
ので、警戒レベルを引き上げていきたいと思います。


命との繋がりを深める

前の記事で、人間のもつ意識の力について、触れました。

意識を通じて、命の存在を知覚することがスタート地点。
ここから、一歩ずつ命あるものへの理解を深める試みが始まります。

近くに生えてる木々に触れて、彼らの働きを識ること。学術名でくくるのではないよ。その木は、地上で唯一存在するその木。

人間で個体差があるように、同じ種の植物でも生えてる場所とか、扱われ方でずいぶんと差が生まれています。

自分なりにその唯一の命に対して理解を試みたり、問いかけることで、色々なことが分かるようになってきます。

[木の場合]
現在までの成長の歴史
その木が周囲にどのような影響をあたえているか?
なぜ此処に根付くに至ったか?
葉っぱの形。
その木が好きな虫たち
木の健康状態
場の流れ
私との関わりについて

とまぁ、こんな感じで、他にも意識の向けどころで、おおよそかなりの関連性が見えてくるようになっています。

これが自分のお庭の木であれば、尚更。

街中に住んでても、近場の神社の木とか、公園の木とか、小山、がその地域に住む人と密接に関わっているので、もし意識が向くなら一度挨拶に伺ってみるといいのかな?

繋がりを意識し、[それ]と相互に関わっていることを知ったなら、自分自身に対する理解度も桁違いに深まるので。

木々たちも応えてくれるので。。。何らかの形で。、それは喜びであったりするし、または怒りや苦しみのシグナルを発するかもしれないけど…受け止めてあげてね。

それらを通じて[場]と繋がる。

この意識は、自身の棲み家()を持てていない大半の人間にとって、大きな大きな一歩となり得ます。


人間に与えられた権能について

人間一人一人に平等に与えられている権能について。

人間社会の枠組みを越えて、この地上においての「人」は、誰でも特別な存在になりうる。

その人本来の輝き。は
どのような制約をも飛び越えて、神と同等の存在となり得るものだったり、する。

と、仮定しておいてください。
信じる信じないは此処では重要ではありません。

この時代の人間だけが持つ、この地球において、この時代の人間だけが果たせる事柄があります。
 

意識すること。

 

 

全てを

 

自分の内に

 

感じ取ること

感じ取る時、インターネットとは別の、異なる情報の扉が開かれます。

感覚が繋がる、というニュアンスです。

人間は、種族を越えて、他の生命や物事とやりとりをする能力を始めから持ってます。

このことは「言語の壁を乗り越える」という少し前の記事で取り上げました。

分かりやすく例をあげると

「呼吸」

人が生きていくのに必要不可欠な呼吸ですが、その程よい大気のバランスは、近くの植物たちが整えてくれています。

人は呼吸を介して、無意識下で、大気のエッセンス、そして近くの植物たちとやりとりをしています。。。

当たり前すぎて見落としてますか?

それとも、街中の空気はしんどくて味わいたくもないですか?

。。。

意識を、清浄な空気を運んでくれる植物たち。お花や雑草、街路樹などに、向けてみる。

すると、彼らは何らかの「シグナル」を発してくれたりするんですよ。

そよ風で葉をゆらしたり、香りを側まで運んでくれたり、透明な緑のベールで包んでくれたり。

どんなに小さな存在であっても、
自然界の命たちは、人間に仕えることが生き甲斐で、意識を向けると喜んで応えてくれる。という側面があります。

普段は人が意識しないので、その小さな命は十分に力(役割)を発揮することができてません。

これは私自身が自然の中に住み始めて確かに実感したことで、どなたも同じことを確かめることができるはずです。

例え街中であったとしても。

些細すぎて気づけないかもしれませんが。。。

この些細なことを自覚するだけで、人間だけが持ちえる地球上の役割、能力が、かなり。かなり理解できると思います。。。

あなたは、その命を意識した瞬間から、その命にとっての特別な存在になり得ます。

その命にとって、意識を向けてくれたことが何よりも喜びだからです。


人間のカルマについて

一日に、消費したエネルギー。

に対し

稼いだ日銭。

カルマは、差し引き0にしようとする働き(自動的に起こるもの)のこと。

人間界は何でもお金で換算するから、お金の尺度で測るとまぁ、人間界の中だけならそうです。はい。

しかし、命の重さは??命の価値は???

自然界に存在するあらゆる命に、値段はつけられる?

ここに人間社会の落とし穴あり。

殺した命と向き合うことを嫌い、お金で蓋をして、都合のいい所だけ受け取る。

お肉おいしい♪
私コロしてない、
私悪くない、(いずれそれすらも考えなくなって)
お肉おいしい。
お肉おいしい。
お肉、もっと食べたい。
他人の金で焼き肉食べたい。

このときカルマは、お金で図れない領域でガンガン発生してしまう。

命は、死後も形を変えて意識がどこかに転写されるもの。

食べる人が、ちゃんとその命の有り所を理解して、生きていたお肉に敬意を払って食べることができれば、どんなに幸福度が違うだろうかと思う。

。。。

カルマ。

その人が、命とどう向き合ってるか?

それが、そのまま世間がその人に対する扱われ方になって還ってくる。

時間差があるかもしれないし、
最初はほんの些細な出来事からかもしれない。

。。。

意識して。

現代社会は、一般人に負債のカルマをガンガン乗せるような罠がそこら中に存在してる。

扱いを知らなければ相応の報いを覚悟しなければならなくなる。
 
普通に生きてるだけなのに?

それが今の人間社会の仕組み。

支配者は、よき働き手が欲しい。
よき働き手とは、都合のいい奴隷のこと。
一般人を負債のカルマ漬けにすることを喜んでやっている。

奴隷は負債のカルマを清算するために、昼夜がむしゃらに働かねばならない。

支配者層に、都合のいい。良き働き手を量産する。あらゆる便利なシステムたちのこと。