人間のカルマについて

一日に、消費したエネルギー。

に対し

稼いだ日銭。

カルマは、差し引き0にしようとする働き(自動的に起こるもの)のこと。

人間界は何でもお金で換算するから、お金の尺度で測るとまぁ、人間界の中だけならそうです。はい。

しかし、命の重さは??命の価値は???

自然界に存在するあらゆる命に、値段はつけられる?

ここに人間社会の落とし穴あり。

殺した命と向き合うことを嫌い、お金で蓋をして、都合のいい所だけ受け取る。

お肉おいしい♪
私コロしてない、
私悪くない、(いずれそれすらも考えなくなって)
お肉おいしい。
お肉おいしい。
お肉、もっと食べたい。
他人の金で焼き肉食べたい。

このときカルマは、お金で図れない領域でガンガン発生してしまう。

命は、死後も形を変えて意識がどこかに転写されるもの。

食べる人が、ちゃんとその命の有り所を理解して、生きていたお肉に敬意を払って食べることができれば、どんなに幸福度が違うだろうかと思う。

。。。

カルマ。

その人が、命とどう向き合ってるか?

それが、そのまま世間がその人に対する扱われ方になって還ってくる。

時間差があるかもしれないし、
最初はほんの些細な出来事からかもしれない。

。。。

意識して。

現代社会は、一般人に負債のカルマをガンガン乗せるような罠がそこら中に存在してる。

扱いを知らなければ相応の報いを覚悟しなければならなくなる。
 
普通に生きてるだけなのに?

それが今の人間社会の仕組み。

支配者は、よき働き手が欲しい。
よき働き手とは、都合のいい奴隷のこと。
一般人を負債のカルマ漬けにすることを喜んでやっている。

奴隷は負債のカルマを清算するために、昼夜がむしゃらに働かねばならない。

支配者層に、都合のいい。良き働き手を量産する。あらゆる便利なシステムたちのこと。


コロナ症状を抑える方法について

コロナ騒動には数々の思惑が働いていること、を、過去の記事に少し取り上げました。

その一つ目の目的、全人類にとあるワクチンを接種させること。が明らかになっています。

コロナという恐怖のイメージを民衆に刷り込み、その唯一の対策法としてワクチンを売りつける。

こういった手法は、これまでの歴史でも似たような例が散見されてます。

いわゆる「マッチポンプ」ですね。

この方法は、民衆からお金を巻き上げるにも有効ですし、恐怖で世論を誘導して戦争に持ち込む、といった例も実際ありました。

で、今回のコロナ症状の対策について話を戻します。
そろそろワクチンの正体が明るみになりつつありますが、コロナ症状を抑えるだけなら、これ以外に安全な方法がいくつか見つかっています。

コロナ症状を[安全]に抑える方法
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というスマートな例があるのにも関わらず、国やWHO、有数の医師たちが、こぞってワクチンを勧める背後には、相応の理由があるのです。

ここでは、それらの理由について無視します。どうでもいいことですね。

とりあえず自宅療養の方針が打ち出された今、自分でできることを速やかに始めましょう。

。イベルメクチン
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それぞれのワードで、検索してみることをお勧めします。


人間に自由意志はあるのか?

心はどのような在り方であってもいい。
と、されている。

人は誰でも、自分で選んで、決めていい。

しかしいつからか、大多数が自分自身で決定することを恐れるようになったと見受けられる。
(誰かの言ったとおりにする方が安心らしい)

人間としての魂を、すでに無くしているのか。例えるなら人形。のようだ。

今、人間の殆どは社会に縛られ、お金に縛られ、端末に縛られ。

人は使われている。
血のにじむような代償を支払いながら。機械(ガラクタ)を最新式に買い替え使われ続けている。

。。。

うちは何のために、
端末の電力*通信コストの激減方法を探求してたんだろ。

未来の社会構造のため?
もうぶっこわれてるのに???

。。

囚われていたのは、自分自身だとも感じる。

最初から、そんなものは必要ない。と思えたなら、もっと違う大事なことに目を向けることができた。


親愛なる夜へ

星たち、虫たち、草や木たち。

夜になると、この場所から見えるもの全てが、自分自身と繋がっている(何らかの関わりを持っている)ことを感じ取れる。

人工的な気配は自分以外に殆どない神聖な領域。

ここ10年、邪魔な物を悉く棄てることに意識を集中して生きた。
棄てるには覚悟が要る。

まず親。
次に友達。
お仕事に会社。
そして人間社会。

蓋を開ければなんてことない。
歴史上、始まりの時から存在しなかったものばかり。
人が生きるのに必要なものは、始まりの時に在るもので十分。

現代人並みの暮らしというものが、次第に無縁のものになりつつある。それでいい。

此処には相応しくない。
浪費の思惑だらけの、文明の利器は。

何かのノイズを絶つと、元に戻れる感覚に近づく。

。。

消えるべきもの、まだ手元にある。

かろうじて、ネットワークを繋いでたものも、そろそろお役御免な気がする。


光の速度の思考

思考は言語で成り立っている?

言語で認識しながら思考をするとき、
思考の速さは話すスピードに合わせないといけなくなる。

それが言語の最大の障害。

ここを超えるには。

より周波数の高い光の領域。
イメージで思考化する癖を身につけること。