死者に触れたことはあるか。
私はある。
まだ温かかった。
温もりがあるのに、ぴくりとも動かなかったんだ。
あの日は夜だった。
冷たい風がひっそりと漂っていた。
あの時の光景を、なんと形容しようか。
とてもじゃないが、此処でありのままを書くことは出来ない。
死は、今まで私には身近なものではなかった。
。。。。
と思わされていたのか。
実際は、死とは隣り合わせだ。
死者は私を2度呼んだ。私は2回めで引き受けた。
死者は私だけじゃなく、様々な存在を引き寄せた。
死者は語らない。
死は物語る。黒い蝶となって。
人は一人では生きていけない。
この言葉の真の意図は
「人は、一人で生きてるわけではない」
前の日記で書いた記憶の引き継ぎは、些細な事でも起こっている。
誰かの記憶に眠る、想い出の中の1ページがそういう感じ。誰にでも起こっている。
生きてきたら、生きてきた分だけずらずらずら〜。
それまでの、想いや記憶、食べてきたもの、土地の想念を、
いくつもいくつもいくつも
積み重なって、今の自分がいる。
その体は、自分だけのものではない。
気づかない人が多いから、本当の価値に築けないのでしょう。
気づいたら、その無限の価値に目覚めるのでしょう。
さて、あなた方に引き継がれた大切なモノは、思い出されることがないまま
仕組みに吸われ続けるでいいのですか?
大多数の人たちが、今の世の中に満足してませんよ。
何かしら、行動を起こしたいと思っている。
でも自分一人でなんとかしようたって、たかが知れている。
そんなときはどうするか?
自分が受け継いできたモノの、根本に耳を傾けることだ。
古代の知恵がそこに隠されている。
先人の知恵は、見せかけの仕組みなどより
さらに多くの、さらに深い洞察力を、少しずつ開いてくださるだろう。
私たちは一人じゃない。
私たちを相手どるということは、
その全てを相手にするということ。
そして、すべての人がその可能性に気づくということ。
私は以前、人のことを共鳴者と呼んでいた。
私たちがほんとうの意味でつながった時、未来は劇的に変化する。
2月22日2時22分のお知らせ(。◕ ∀ ◕。)ノ
そう、今日は2がつくフィーバーのにーにーにーですよ。
巷では噂の猫の日。にーにーに(‘ ‘*)
ねこしゃん大フィバー中ですよ。
2が揃ったら、みんな猫になるのです。
にゃにゃにゃwww
今日はみなさん、語尾に「にゃ」を付けること
にゃ(。◕ ∀ ◕。)ノ?
苦しい時に
助けてくれる存在
とてもありがたい
いつも助けてくれている。
時々忘れてしまう。
苦しい時、ああ。と思い出す。
いつも助けてくれてたことを。
どうして、感謝を忘れてしまっていたのでしょう。
みんながいるから、こうして生きていられるのです(o _ o。)
今日は1月15日、満月の夜。
旧暦では12月15日にあたる小正月といって
小豆粥を食べてたそうな。

そして青白く燃える、ほのおのように。
ゆらゆら、月の影は雲隠れ。
数時間後、まんまるお月さまが顔を出しました。
きょうも綺麗だね♪
