無料レストラン

そこにはレストランみたいなものがある。
人の作ったモノより、もっと以前から存在してた。

今も私たちの目の前にあるのだと思う。
でも、多くの人達が気づかないまま通り過ぎてるのだと思う。

今は、もっとわかりやすい形で人が作った「レストラン」がたくさんある。
だから、そこに人が流れていく。参拝するにつれてそれが習慣化すると。
少しずつ、以前あった原初の形態を忘れてしまうのだろうか。

 
飲み物はミネラルウォーターを買うのだ。
これも、人が作ったレストランの恩恵だと思う。

惣菜は店で買う。
これも、人が作ったレストランの恩恵だと思う。

ご飯もレトルトを買う。
これも、人が作った…

 

水は、以前はそこにあった。
今も目の前にある。雨水。

惣菜は、目の前にある。
春は、野草が美味しい季節。

ごはんは、山や海にいく
木の実や魚が捕れる。

 

今、目の前にあるもの。
それを、いろいろなモノたちが見えなくする。
お金が使えなくなった時、目の前の自然の恵みを思い出させてくれる。


HTML直打ちは良い

前回の記事と照らし合わせると
HTML直打ちはすごくイイ。

HTMLは根本の記述にのっとってるから、
サーバー側の技術仕様に影響されづらい。
あと、更新を考えなければ管理がとても楽。

ブログ形式は、生きてる間は良いですね。
でも時間が止まると、色々厄介。

 
逆にサイト形式は一個一個の更新は重いけど
そのままの形で残りやすい。というメリットが浮かびました(‘ ‘*)


死後、WEBサイトはどれくらいの年数残せるか?

2014年現在の段階。

サイトを運営してると、時々思う。
自分が居なくなった後、インターネット上にもデータは残るだろうと。

これを、WEBサイトとして存続させる場合。
USBメモリに保存しとくか、ドロップボックスのそれとは違って
サーバー・ドメインの契約を継続させることが必要です。

 
契約が切れた段階で、サイトはネット上から消える…

 

あとは、手元のPCとかメモリスティックにデータが残るのみ。
まるでこの扱い、アトランティス時代の水晶のようですね(‘ ‘*)

未来に生まれ変わったとしても、
その扱いを知らなければ、データはデータとして機能しなくなる。

なかなか難しいとこです。

 

まぁ、そのデータが未来に必要か?と言われれば
そーでもないかもしれないし、そーでもあるかもしれない。

ただ、一応これでも未来に価値あるものを残してるつもりなので
うーんそうだなぁ。

データとして皆に配って、必要と感じた人が代々受け継いでいけばいいのかな?
なんて思ったりもする。

運営引き継ぎ?ミラーサイトOK?
そんな感覚・・・
 

現実的な話、ロリポップとムームードメインの契約をして
ネットマネーのおさいぽチャージを使うと、最大30万円までチャージできる。

それを毎年の支払いに宛てていけば、ロリポ3000円ドメイン950円、計4000円で割って
約70年あまりは存続可能な計算になります。(準備してれば)

 

まぁ、その時ネットの仕組みがどうなってるかはわからないし
次の技術が発達してけば、ホームページも過去の遺物。
データだけ取り出して、何かできればいいですよね〜。

死後はその瞬間に著作権フリーです。


今日見た夢

Cさんが話しかけてきてくれた

楽しい時間、なんでもないような時間。
そしたら、今の状況についてこう語った

「私もこんな状況。もっとしっかりしなさい」

ホントね。何やってるんだろうね…
いい加減結果を出したいですよ(o _ o。)


醗酵の起源

色々と通説はある。

お酒は、はるか古代から存在していた。
現代文明のもっと以前から存在していた。
なぜそれが作られるようになったか。

考察の一つを記しておこうと思う。

 
古代では「収穫物の一部を自然に捧げる」風習があった。
来年の種まきに備えて、全てを収奪するのではなく、一部を残しておく。
そうすることで、来年もまた実りある年になる。

という、極当然のことをしていた。

 
古代の人々は、現代の方たちよりも見えない存在の影響(微生物や宇宙的緩衝のこと)
を、当然のように知っていたであろうから。
そういう意味では、古代の人々ほうが賢かったであろうと思う。

ある時、収穫した一部を自然の神棚に捧げる際、それがどうなっていくのか。
じーっと観察する人が居たのだろう。たぶん、集団のリーダー格の人。月詠の人。

葡萄でも、お米でも、麦でも。

じーーーー。。(o _ o。)

 

すると何時しか、何かスゴイことになったー(。◕ ∀ ◕。)ノ
とか、つまりは醗酵が起こって、その有用性がすごくて
当然のように皆に受け入れられたと。
古代の人々にとっては、自然の力がもたらした恵みですね。

独り占めせず、収穫物を生み出してくれた大地に感謝して一部を捧げる。
そこから生まれたものだと、感じてます。

私も、最近育ててるものがあって
お米を全部食べるのじゃなく、一部を瓶に捧げることで
瓶の醗酵が急激に発生するようになりました。

これ ⇒ 玄米乳酸菌の育て方
 

現代の人はどうかな?
収穫物は、全部独り占めしてない?
きちんと一部を自然に返してる?

古代の人は当たり前のようにやっていた。
私達も見習うのです。それが自然の行いですね。