完全に近づく視野

異なる視点は同時に持てないけど、
行ったり来たりする速度を早めれば、同時!

(。◕ ∀ ◕。)ノ

 
人の目は

遠くのものを視ようとすると、遠くのものが視える。
代わりに、近くのものが目に入らなくなる。

近くのものを視ようとすると、近くのものが視える。
代わりに、遠くのものが目に入らなくなる。

 
どちらの視点が欠けてもいけない。
これらの視点が揃って、初めて世界は幅広く視えるのだから。

 

人は、物事をどういう視点で視るかいつも決めることができる。
しかし、視点を切り替える発想を長い間忘れていると、いつの間にか、視えることを忘れてしまう。

そして、今。
人々は、ある意味そうなっていることを否定出来ない。

 
近い未来の幸せしか考えない人。
遠い未来の幸せしか考えない人。

 
考え方がバラバラになるってそういうこと。
あらゆる物事を理解するには、より完全な視点をもつ必要がある。
2つ(以上)の視点を、両方取り入れる必要がある。

 
まず、自分の絶対に譲れないという視点を確立するんだ。
揺るぎない、自らの幸せのかたちを。何を優先して生きたいのか?
そして、依代に記憶させる。PCでもいい。植木鉢でも良い。想い出の宝物でもいい。家族や友人、恩師の存在でも良い。記憶させる。

 
次に、他者の視点を、取り入れるのだ。
依代があれば、自分を見失わなくて済む。
思いっきり、100%その人になったつもりで、思考のロジックを追う!
今まで見えてなかったものが視える!

代わりに、その視点で視ると、今まで見えてたものの違う側面が視えるようになる。
それは、どう映るのか? 知られざる一面が見える。

すると、自己の視点の確立が。以前のと今回のと、ぐるぐるってなって。混乱を乗り越えて、より完全に近づく。

 
遠い未来の視点と、近い目先の視点を
1週間サイクルで切り替えていくゲームをしてみる。
慣れたら、1日サイクルに、1時間サイクルに、そして1分サイクル

しまいには、秒サイクルで…

 
1人の人間に2つ以上の視点が同時に遂行される。
私はあなたの、あなたは私の視点を…両方の世界を同時に観る。

目に映るモノは、より完全な形となる。


望みを叶えるためには?

私は、望みを叶えようとした。
しかし、過去のそれはうまく行かなかった。

 

どうしてだろう?
答えは、先代の言葉から何となく察せた。

その願望は、虚構が混じってしまっている。
実現し得ない矛盾を孕んでいる。
願望に矛盾を孕むうちは、実現し得ないのだ…

 
と。

 
そんな教えを想起させられた。

 

もしかしたら、その願望の主は分かっていたのかもしれない。
これは自己都合な望みであり、決してそれに関わる場の、真実を見てはいなかった。

あるのは虚構、存在し得ないビジョン。
だから、願望を伝えるのではなく、自己の中で留め、叶わないと分かってる美酒に酔いしれてただけの事だったのだ。

 

本気で実現しようと思えば、自己の願望を見据えつつも、現実の、そこに関わる真実の在り方を見定める必要がある。パラドックスを解き明かす、一見矛盾を孕んでいるように視える目の前の現象を解き明かし、今、目の前にある段階から、自らの願いを実現するための道のりを明確にしていくのだ。

目的地を視る。
そして、今現在を視る。

自ずと、進むべき道筋が視えてくるものだ。
地に足をつけて、ようやっと目標へと歩み始めるのだ。


「鬼」を受け入れられるか?

「鬼」を受け入れられるか?

今まで見えなかった価値が其処に在る。
マイナスの中でこそ真価を発揮するものもある。

「鬼」を受け入れられるか?

 
続き ⇒ http://goldenflower.jp/blog/1984


大海原を掛ける

たくさんのインターネットの記事を見ていて思うの。
まるで海みたいに。ぐるぐるしている。

情報の産み。
一人一人描き続けてる。

筆を執る、みんな飲まれてるようで、飲み込んでいる。
みんな流されてるようで、流している。
そんな情報の大海原。
ゆらりゆらりとどんぶらこ(‘ ‘*)

一人一人、水の味が違う。構成される要素も違う。
はっと気付いた、すぐ近く。
隣り合わせの水にゃ、新鮮な味わいみゃ。
ごくごくごく(‘ ‘*)

好みの水は美味。
違う水は未知の味。
目先の水は未来の鏡。
遠くの水は知らない世界。

水の記憶を束ねて、類まれなる世界の樹々を育てマッスル(。◕ ∀ ◕。)ノ


死したるもの、粉々

コンクリート、アスファルト、粉々。
エネルギーを一点集中、酸素を剥奪。原子単位で崩れ去る。
それらはもともと、粉々。粉々。