秋の夕暮れ

夏は終わった。

 

ただそれだけのこと。

たった一言の言葉が

ある特定の瞬間、強く突き刺さる。

 

沈みゆく浮舟

その手を掴むものはない

だから、自力で泳いで脱出

 

なんて簡単なこと


この世は全部音で出来てる

音楽サイトを巡回してたら

ふと浮かんできた言葉

 

「この世は全部音で出来ている」

 
生命あるものは全部音を宿してるし
海も、風も、空も、雲も、雨も、星も。

音。

 

音があるから、響きあい、リズムの緩衝で世界を奏でる。

そうやって音楽は生まれた。

 

。。。

今、時代の流れで言うと
時が止まってるって云われてます。

「歴史は繰り返す」

 
格言では、そのように云われてます。

それは、ある音楽の1小節が延々にループしてるのと同じで。
決められた波の中で、決められた枠の中でループしてる音。

時が止まった音。
ずっと規則正しい音の繰り返し。

時計のリズム。

 

時計のリズムが壊れるとき、世界は動き出すそうです。
今まで止まっていた時間の流れが一斉に溢れ出て
ダムでせき止めてた水が一気に押し寄せるように。

音楽が、怒涛の音楽が直ぐそこまで来ていると。
誰かがおっしゃってました。

 

もし、歴史の1ページを音に記すとしたら、
繰り返しのリズム、重ねあわせ、押し寄せ、全てを洗い流し、
最後に静寂が全てを物語る。

新しい時代の幕開け。

そんな曲を、書くのであろうと思います。

曲名は

「黄金の華の目覚め」

 
ゴールデンフラワー。
蓮。睡蓮。を象ったもの。
先を見通す力。音を感じ取る力。

 

無慈悲にも、彼らにとって全ては幻となるのです。

だって私、巡る箱庭の記録にも書いた。
延々と同じことの繰り返しは、もはや存在しないのと一緒だって。


西暦って無くなるの?

びっくりした。
今までの数え方2013年っていうのが無くなるっていう夢物語。
猫さんが言ってたんです。

えー;;

 

(‘ ‘*)

西暦が無くなったらどんな数え方になるのかな〜。
わくわく。

 

そういえば、音作りは世界づくりにも似てる。
作るというより組み合わせ。

音と音の組み合わせ。
石と石の組み合わせ。

西暦は数合わせ。


学びに時間割は必要ない

今日、すごく懐かしい夢を見まして(‘ ‘*)

中学の頃の数学の先生が、教室に居たのですよ。
数学の授業なのに、その日は自習でして。

そして、自主勉強についてこう言ってたのです。

「今は確率の%についてを学ぶ時間でしょ? パソコンやってたらダメですよ!」

って云われたんですが。。

 

いやいや、パソコン通じて確率はおろか数字の物語や意味まで汲めるんですけど…
確率だけ学ぶとか1瞬で終わっちゃうじゃないですか〜!

て思ったんですよ。そしたら

あぁ、そうなのか!!ってその時気づいたんです。

 

何がって、時間割がです。
そもそも、勉強とか何かを学ぶときに時間割は必要ないものだと。
そのとき気づいたんですよ・・・

だって、確率について%とか知ってるのに。
その特定の物事について知識はあるのに。
それ意外の勉強はしたらいけない、
表面的に関係ないことするなとか言うんですよ?

全ては繋がってる、歴史から確率だって統計だって学べるのに、
薄っぺらい確率%の計算しか認めないわけですよ。

暇じゃないですか、そんなの。
発想のアイデアも奪われる、確率は%って固定してしまったら
他の部分での応用効かなくなりますからね。

 

時間割は、作業効率を上げるためにあるのです。

学ぶ効率は逆に削がれる。発想が固定化されるから、時間割は思考回路を奪う。
本来、教師の提示する時間割だけが学びのガイドラインじゃない。

自然の生き方を通してなら、
自分自身が色々なテーマを多方面に渡って学ぶことができるから。

学校は、「多くの視点から学ぶ」という機会を奪っていた。
学校に行ったらバカになるのか!!?

 

そういうこと考えて抗議の姿勢見せてたら、
その数学の教師さん。微妙に申し訳なさそうな顔して

「確率について√の導きってご存知?」

みたいなこと言ってきまして

√の確率ってなんだろう…(‘ ‘*)

 

「例えば、3pを300時間としますね。」

そして、すらすらと裏紙に講義してくれる(‘ ‘*)

「普通にしてたら、3pは300時間で失くなってしまいますが。
 ここである√を通すと、変換されて。。」

。。。

 

そこで夢が途切れましたよ。

でも、何か上の話、既に知ってる話だったような。。。
確率は√を通すと変換される。どこぞで知ってる話だったような。。。


お部屋の記憶

最近の楽しいこと。

それは自由になること(。◕ ∀ ◕。)ノ

 

仕組みも囚われも固定観念も 消えた消えた

 

固定費、ほとんど無くしました。

そしたら思考が自由になったm(‘ ‘*)m

 

テキトーに遊んで
作品作ったりサイト作ったり文章書いたり

あと、人の作品みたりですね。
楽しいですね。

自然の森が自分の庭みたいに思えたら。
もっと遊べるかなー。とか。

曲書くとき、小鳥の声とかサンプリングしたり。
森のなかの反響音で歌を録音したり

そういうの組み合わせて曲書きたいな。

ネコから歌を教えてもらって
自然から曲の作り方を教わったから。
もっと彼らから色んなことを教わりたい。

だから、自然の森が自分の庭みたいになるといいな。
土地買ったら、森にするんだ。森に住むんだ♪

 

そうだ。夢を見たんです。

それは、祖父母が以前構えてた家の夢。
って、実際みたことないけど。
夢のなかで譲ってくれるっていうのがあったんですよ。

その中は、時代を感じる家具とか置いてあって。
何も無いようで、その空間自体が記憶を表してるとも思ったのです。

お部屋は記憶。
自分の住んでるお部屋も、自分を現す記憶。

ああ、天然石とおんなじだな〜とその時思ったわけです。
天然石が記録装置だったり記憶のロードマップみたいなものだとすれば
お部屋も同等なんですよ。

お部屋の配置や、家具の置き方。
時代とかその人の好きなものとか、感じるから。

個性が出る。お部屋を見たらどんなヒトが住んでたか、よく分かる。
そんな夢でした。

 

森に住みたい。
それは、森と自分の記憶が一体化するということ。