続・この日この時この場所で

よく行くラーメン屋さんのお話をしてみます(‘ ‘*)

その店内には昭和時代に流行っていた音楽がよく流れている。

普段から、美味しいラーメンを作るために店主の気分でBGMをかけているそうです。
が、実はお客さんの年代に合わせて、膨大な数のCDから店内のBGMをセレクトしてたりするんだ。この音楽が、お店に訪れた人の心を掴んで離さない、すごく絶妙なチョイスなんですよね。

お客さんにとって、ここはただのラーメン屋さんではない。
「若い頃によく聴いていた懐かしの音楽」を味わえる特別なお店。

その曲には特別な思い入れがあったり、ふと昔の若かりし時代に戻れたような気がして、いつまでもお店で飲んでいたくなるんだって。もちろんラーメンもめちゃくちゃ美味いんだ!

こんなお店だから、少しずつリピーターが増えて人気になっていったんだなと思った。

 

が、ある時間帯でお客さんが全員帰ってしまったとき、ふっと音楽が止まり
おもむろにTVのリモコンを操作する店主のマスター。

「さぁ〜、ニュースでも見ようかね〜」

ブーーーーーン。ゎぃわいがやがや。。

 

いきなり店内の雰囲気が変わった!

ああ、過去の情景を旅してたのが
突然にTVの音でかき消されてしまった。

何か大切なことを考えてた気がするのに
思考が、強制的に引きずられてしまった…

 

そんなことを、体感しつつ。
ああ、いつもTV付けてたら、
こういうふうに自分の行きたい思考に行きつくことも出来ず

ただただTVの電波に飲まれるだけなのだな、と。
気づいた瞬間でもあった。
お客さんうち一人になったから..
TV止まんないかな〜〜〜。

と思ってたら、新しいお客さん来ましたよ(。◕ ∀ ◕。)ノ

わ〜、音楽の続きが流れるのですよ*:・’゚☆

 

このお客さんには、ジャズのようなサックスのリズミカルな響きが特徴のBGM。
ちょっぴり店内がおしゃれに、思わず踊りたくなりそうな雰囲気に包まれます。

 
スピーカーは、角の4隅に配置してある。
そこで、音楽の振動が店内に反響し、身体にダイレクトに伝わる。

ここに来れば、あの時聞いた音楽の情景が、この場に蘇る。
やや年配のお客さんは、そんなふうなことを仰ってました。

私はその時代を生きては居ませんが、
その人が感じてることを、同じ空間を共有することでなんとなく伝わってきます。
その場を通して、うちにも「彼にとっての昔の曲」という想い出が、この瞬間に宿っていく。

継承に近いですね。。。

 

「私がココで初めて聞いた曲は、このお客さんとの思い出」

出会った日が記念日です。
その時の星の巡り、気候、天気、風の冷たさ、月の光、その瞬間の記憶が、片隅に残ります。

1年に一度、同じような星の巡りがやってきます。
同じような、気候、同じような風の冷たさ、季節の香りです。

1年前の情景が、再現されるのです。

その特定の瞬間に、出会った場所で、
あの日掛かっていた音楽を聞きながら
あの日食べてた同じメニューを注文するのですよ。

するとどうでしょうか?

 

。。。フラッシュバックされるのです。
今の自分と、過去の自分とが、リンクし、
あたかも、過去の情景に巻き戻ったかのような臨場感とともに

今という時間を過ごすことが出来るのです。

まぁ、その出会いが鮮明に残るほど特別なものでもなければ
そうでもないんですけど。

 

例えば、

あの日出会った初恋の人。
あの日出会った素敵な人。
あの時食べた、特別なメニュー。

あの時の、輝かしい想い出は、この曲とリンクし
この季節、この時期、この時間帯の雰囲気の中にあった。

思い出す、というより、過去と重なる!という感じです。
過去と今が、同じ空間に存在する感覚です。

 

これですよ。

これこそが、自分自身が特別な瞬間を覚えてるということです。
占いとかで、タイミングは大事って言いますけど、それだけじゃないと感じました。
既に知ってるんですよ、きっと。「繋がるタイミング」って。

この日、この時、この場所で。

かつて、私は其処に居た。
当時の想い出が蘇り、思わず涙が零れた…

 
。。。

前世ってよくいいますけど
私は、こう考えます。

「過去の時代に生きた存在の【想念】を引き継いでいるのだ…」と

そう考えると、今生きている私が、誰の想念を引き継いでいようが
その時点で、様々な存在の記憶を受け継ぎ、様々な前世を同時に体験し、今ここにいる。
と、感じられるようになります。

 

前世を「過去」と置換してみます。

あの日、あの時、あの場所で。

私は、どうすれば生涯の記録を未来に残すことが出来るか考えた。

一つの生は、一過性のものではなく、痕跡として延々に語り継がれるであろう。

見えなくなっても、形を変えて。

だが、次に生まれ変わるであろう時に、

私は私であった記憶を、その子に全て継承したいと考える。

 

どうすればいいだろう、としばらく考えて思った。

そうだ。私が死んだ日。この日を生まれ変わりの日とするのだ。

私が死ぬ間際の、

星の巡りが、
雲が映す想念が、
この時期にまとう独特の空気が
そして、この土地の記憶が

一時的に、私の記憶を預かってくれるのだ。

そして、この日。この時、全てが出揃うこの場所で、新たに生まれ変わることが
私という想念の引き継ぐタイミングに、最もふさわしい。

私は天を見上げ、そして、継承する証として、シンボルとなる形を手で象った。
この「構え」が、秘伝である・・・と。

同じ肉体で生まれた時、500年前と変わらぬこの動作、形で
記憶を引き出すトリガーとするのだ。

 

そうして、その瞬間のために、
秘伝となる「構え」をも代々残していこうと考えた。。

「秘伝」はね、想念を受け継ぐためのものだよ。
授けられるタイミング、場所も大事なの。
それが生まれ変わりの記憶にもなるからね。

その人が無事に生まれ変わることが出来たかは、定かではない。
もしかしたら、未だ無限の宇宙の空間に彷徨ってるかもしれない。

 

今は、生まれ変わりの記憶を持ってる人は、極、極、極少数だと想います。
おそらく、何処かでタイミングが曲げられている!のだと思うのですよ。
でなければ、こんな曖昧な記憶しか保てないはずないですもの。

この日じゃない、この時じゃない、僅かにずらされたこの場所で、

「あれ?」

って、感じてる子、多いのではないでしょうか…
少しずつだけど、からくりが見え始めてますね。
 

歴史は、何度も繰り返すためにあるものじゃない。
過去の過ちを忘れて、同じことを繰り返していいはずがない。
過去の想念、想いを受け継いで、未来への希望や夢を継承するために与えられた。

 
今、少しずつ時が動き出して行ってる。
皆の記憶が戻り始めてるのだ。。

(というのを、このラーメン屋さんの店主から教えてもらいました。正確には、無言で感じ取れたというべきか…)


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