オーラが視えるって言う方が話してくださった。
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この世界で感じられるものは、全て波動で出来てる。
目に見えるものは光の反射。その光も波動、振動が波打ってるもの。太陽の光だってそう。揺らぎ。
音だって空気の振動。振動があるから音として感じることが出来る。
感覚とは、すべて波動なんだ。振動なんだ。
今話してる言葉だって、言葉である以前に振動なんだ。
僕らがどこで観てるかって言うと、言葉の意味だけではない。表面を視るだけじゃない。
振動そのもので「感じて」いる。この視点なんだ。感覚を解き放つことで自然と感じてくるものなんだ。
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ああ、思い出した。
以前、どんなふうに物事を見ていたか。
ずっと表面の現実を見てばかりで、いつしか忘れ去ってしまってたんだな。
昔、自分はそういう音の感覚で見てたんだ。
だから、オーラが視えるという視点がどういうことなのか
何となく想像できる。
彼はこうも言っていた。
観たいものがあったら問いかけて視るんだ。
心のなかで問いかけて視るんだ。
『〜ですか?』って。
そうしたら、相手の表層より奥に秘められた感情が、ダイレクトに伝わってくる。
自分の感覚として。それは怒りなのか、哀しみなのか、喜びなのか、ワクワクなのか、言ってる言葉と本心の食い違いとか、真実かどうかとか。
問いかければ、シンプルに視えてくるものなんだって。
この感覚なのだ。
彼はこの感覚を介して「視た」だけで、
どういう関連性をもって今の相手の状態なのか、分かるそうだ。
そこまで痕跡を感じとれるのか>!?!
対:人は、優れたるや。
たぶん、本人の聞く耳、興味ある箇所、知りたいと思う所が、突出して視えるように成るのだろう。
私には、目先の感情はあまり目に映らない。
空間を感じている。場を感じている。
舞台の流れを感じている。そっちのが得意。
人の気持ちを考えないから
それ以外の部分がよく視える。
感性、人それぞれなものね。
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- DTM, 夢日記
- 2016年03月29日
「♪ラ」の音を432Hzにする。
すると音の波に、遊びの領域が生まれるよう(‘ ‘*)
⇒ http://oka-jp.seesaa.net/article/416393394.html
これ、音素の空間を空けることで、音に開放感が生まれる…といった感じだろうか。
そこに自由な想像の余地が生まれる。りらっくすもーど。うちの音は、この調律が良いな。
じゃぁ、ピッチをどれくらい下げればいいのか?
下記のヒントから察するに。

(⇒http://hpcgi3.nifty.com/prismwave/wiki/wiki.cgi?p=%B2%BB%B3%AC%A4%C8%BC%FE%C7%C8%BF%F4)
だいたい32/100度くらい、ピッチを下げればいいみたい。
細かい数値まではハッキリ合わせられないけど。。。まぁいい加減でいいよね?

ちな、440Hzは戦闘曲とか激しい曲とか。
筋肉に緊張を走らせて突き進むような曲調と相性良いと思った。
使い分け、使い分けですよ(。◕ ∀ ◕。)ノ
振動。
振動とは、エネルギー。音、
振動とは、波が行ったり来たりすること。
行ったり来たりすること、それ自体がエネルギー。
止まってる状態で、視えること、分からないこと。
動いてる状態で、分かること、視えないこと。
逆も有り得るだろうけど…
人間で言えば、動と静を行ったりすることで、そこにエネルギーが生まれている。
昼と夜の関係。活動と静寂、現実と夢の世界。2つの相反する世界を行き来するから、そこにエネルギーが生まれている。
経験を分かち合う。
男と女。
極端と極端、ノーマルとジョーカーが掛けあわ去る時…
お互いの経験を共有する時。。。
どうだ?
とてつもない落差だ。。。
一本の線の掛けあわせは、同時に、互いに、
2つの世界を知ることになる。2つの世界に生きることになる。
私はここに、人間のさらなる可能性を感じ取る。
音(言葉)は、そのエネルギーを気持ちで現したもの。
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- DTM, 夢日記
- 2016年01月17日
夢の中でハッキリ見た。
イメージの創造の世界を…
想像とは、あいまいなものではなかった。
あれは既に、自分の心の投影の中で、イメージがはっきり出来上がってるんだ。
現実に触れられる「モノ」みたいに。
「夢」の中だと、それがはっきり見えるんです。
そして、絵を描いたり楽譜を書いたりするとき。感じたんだ。
既に出来上がったイメージの上に、透明レイヤーの紙を被せて、その情景をなぞっていた。
そうか! これが創作することの行き着く先。
無から形作ることが創作じゃなかったんだ。
先に、出来上がったイメージが有る。
それは夢の中だとハッキリ見て取ることが出来る(現実には大部分の人が覚えてないだけで…)
あとは、そのイメージを「現実」になぞっていくだけ。
なんと確実で、なんと手順がはっきりしているのだろう。
だって、そう!
目標となるお手本のような作品が、すでにイメージの中で出来上がってるんだ。
一度見たものを覚えてる人がこの感覚。その上をなぞることなんて、子供でも出来る。
線や枠のはっきりしたものなら尚更だ。
創作する、ということの、究極の段階を見た。
もしこの次元で作品を形にすることが出来れば、何かをイメージするだけで次々に創作物が生まれるようになる。
イラストでも、曲でも、そしてたぶん物語でも。
イメージをなぞっていくだけ。
創作とは、イメージをなぞっていくものなんだ!
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- DTM, 夢日記, 小説関連
- 2015年03月27日
分断された世界c.。。
で、どんなに表現の術を磨いても
たかが知れてるんだなって思った。
バイオリンやオーケストラの生演奏を聴いただけで
今まで作ってきた作品の平坦さと
これから出来上がる音のイメージに
すごい差が見えてくる。
自分の知らない場所へどんどん旅に出て、
忘れてたパズルの欠片を少しずつ拾い集めるの
大切だなって思った。表現の幅が全然変わる。
作品の質を上げるって、外に出て新しい世界を見聞きすることなんだ。
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- DTM, バイオリン
- 2015年02月12日