大切な存在に分け与えたいと思ったとき
自分を高めることをする。心のすすを払い、一心に磨くことをする。
そうすることで、分け与えるものが光り輝いてくるから。
それが大切な存在のもとで生き続けることを思えば、手は抜けないのだ。
魂の込もった作品は、誰かの記憶の中で生き続ける。
この輝きは、色褪せることなく魂に刻まれるだろう。
愛が自分の大切な存在へと分け与えるものだとすれば
分け与えることは同時に、自分の存在した証を真に受け取ってもらうこと。
その記憶を、より光り輝くものにするために、自分のすべてをその一瞬に賭ける。
自分のすべてを、自らが手がける作品に込め、生命を吹き込む。
大切な存在に役立ててもらうために、それが自分の存在した証とするために。
分け与えることで、存在の証は積み重なっていくだろう。
故に愛は創造であり、その瞬間に自分のすべてを掛けて打ち込むものだ。
と、解釈するのでありました(‘ ‘*)
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- 2014年10月02日
神聖なる泉にて。
その泉の前に、力を求めるものが居た。
彼は力を願った。
白蛇にそのお願いを託していた。
すると白蛇は泉の中に潜り、龍の姿になって現れたではないか。
人の背丈より少し大きいくらいの龍の姿。それは言った。
我の生き血を吸うが良い。さすれば我の力をその身に宿すであろう。
そう言った龍の瞳には悪意、明らかに別の意図を宿していた。
彼自身の心の奥に宿していた悪意が、龍の姿となって現れていたようにも思えた。
血を吸え。まるで吸血鬼のようだと思った。
これはもしや、龍の力に乗っ取られるということのか・・・
その血を吸えば、膨大な力を得る代わりに龍の力に支配されてしまうのだろう。
白蛇とは龍の映し身であったのだろうか?
聖なる存在ではあったと思うが、まるで泉のように。
その者の性質を映す鏡のような存在だったのだろうか。
白蛇が滅多に姿を表さないのは、常に何かを映し続けているからかもしれない。
純粋な白として現れるのは稀なのか。何かを暗示しているかのようだった。
巡る箱庭を作ったのが、2004年の9月29日。あれから10年。
遠い昔のことのようで、今でも当時のことを鮮明に思い出せる。
何もなくて、音だけの世界。
ずーっと浸っていた。湖の音。
ざぁー。ざぁー。
あれから10年。
色々な情報が集まって、それでも肝心なものを遺すには足りないでいる。
もっと注意深く観察する必要がある。
あそこはもうひとつの現実。
理想を叶えるためのパズル。
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- 2014年09月30日
かの塔の存在。
それまで同一の言語を話していた人間たちが塔の建設に勤しんでいたが、建設を進める内にお互いの意思疎通がバラバラにされ、お互いに言葉が理解できなくなり、工事を続けることも出来なくなってしまった。そして塔の建設は放棄され、石工たちは各地に散っていった。
聖書によると、神の怒りが裁きをもたらしたのだという。
石や漆喰など自然そのものの産物を使わず、人間が自分たちの技術で作ったアスファルトやレンガを用い、傲慢にも神と同等か其れ以上の存在へと奢ろうとする人間の姿勢が、神の逆鱗に触れた。というような感じで書かれてたと思う。
別の解釈では、今にも自分の存在に手が届きそうな人間の団結力、結束力を神(?)は恐れ、人間の意思疎通をバラバラにしたという説もある。
実際に何が起こったのかは推測でしか語れないけれど、この時、間違いなく人間は退化してしまった。
塔の建設は時期的にノアの方舟以降の話とされ、たぶん大洪水とか天災に対抗するためというのもあったのかもしれない。そして、天にまで届きそうなほどの塔を作る技術というのは、おそらく、今よりも優れた文明であったと思う。
なぜなら、同一の言語で話していた人々の団結がもたらしたものだから。
今、人は個として独立している。インターネットに繋がっていないPCのようなもの。
かろうじて端末を通して情報共有はできてるが、所詮個人が生み出せるデータには限界がある。それでは到底、当時の人々の団結力には敵わないだろう。
同一の言語。
ネットの世界では、たぶん通信言語に相当する。
テレパシーのようなもの。
今のものさしでは測れないものがある。
今、同じ日本人同士だって普通に話してて誤解が多発してる。同じ言語を話してたってそうなんだから。なら完全な意思疎通を図るって、当時の彼らは一体どんなに言語を用いてたのだろう。
これは推測だけど、話す言葉ではなくて「聴く耳」の違いなのではないかと思う。
言葉は、そのものに意味を持つ。だけど、言葉自体の意味だけでは完全じゃない。
言葉が、誰からどの場面で、どのような意図で用いられるか。
この辺りが肝になってくる。
試しに同じ言葉を用いてその意味を考える
「ねぇあなた、あれ取ってきて」
例えるなら、これが共通の言語だ。
話す人、話す相手、その場所、目的、意図によって千差万別の意味になり得る・・・
塔の厄災が訪れる前、人々はこの言葉だけですべてを理解できたのだろう。
しかし、何かしら裁きが下った時に、たぶん脳の伝達信号の一部が切れた。
「あなた?(だれだよ)あれ(どれだよ)とってきて(とってき?)」
話し手の意図を汲むのじゃなく、おそらく言葉の持つ意味だけに囚われるようになってしまった。
解釈は色々あるだろうけど、たぶんこういうことなんじゃないかなって思う。
人間には集合意識というのがある。
あそこに登場した神なるものが、いったい何を思って人々を退化させたのかは謎だが。
核の部分に触れれば、あとは流れでその影響を伝染させることができるものね。
人間の集合意識。
バベルの塔は、なぜ建てられようとしたのか。
それがもたらしたモノは何か。
なぜそれが滅びたのか。
あの塔の存在は、ピラミッドの建設にも影響をもたらしたそうだ。
ピラミッドの役割と、それが生まれた理由を知れば、バベルの塔のことも少しは理解できるのだろう。
ホントにあれは人間の奢りの象徴なのか?
何かもっと大切な理由があったように思う。
塔といえば、タロットカードでは16番目。厄災や転落をもたらす性質を暗示している。
あの配置のせいで、未だにその印象は強いのだ。15番目の悪魔のカードに続く天国の階段。(崩壊を暗示してるのか?)
だがその次に齎される番号は確かに・・・
17:星、18:月と19:太陽、そして20:審判の時を経て、21:The Worldで締めくくられる。
神(宇宙)に繋がる道に「塔」があることは、何となく察知できるのかもしれない。
塔か・・・
塔を正しく理解できない時、それは厄をもたらすものになるのだろう。
現物の塔は、確かに短期間の繁栄と没落をもたらしている。
例の赤い何とかや、すかい何とかのように
現物の塔は、様々な想念から注目を浴びる。
しかし、地盤が脆ければ簡単に崩壊する。上や高みに囚われて足元を疎かにしてはいけないという暗示。
下のものは塔をみる。目立つから。どんな存在も塔を見る。
それこそ、地球全体が塔の存在を感知すると思う。いつぞやの神みたいに。
少しの風で揺れるアンテナ・
雷が落ちる避雷針。鳥が止まる場所。
多くの天の情報が、その一点に向かって齎される。
しかし塔の存在が足元を見なければ、情報戦で負けるのだ。
知らないうちに、地面の足元を掬われるから。
塔の存在は上を見るだけでは成立しない・・・
高さだけが重要なのではない。
それを支える地盤が必要。
だからピラミッドはあの形。
あの形が理想なんだ。
天の情報と地の情報が両方繋がることで、次の番号に進むことが出来そうな気配を思う。
バベルの塔の風刺画も、よく見たら「高い塔」というよりは円すいになっている。
今みたいに上だけ見て変なビルの形になってない。やっぱり昔の人は次元がひとつ違う。
また電車の中。新幹線の中。
車体は、床のみ。天井も側面も全開で景色がよく見える。
下り列車だった。
緑のたくさん溢れる山奥、トンネルの前の駅で止まった。
あの文字は、よこはま? でも、感覚的には神戸。
今日は何かのイベントがあるみたい。
同じ日に被っている。
カードゲームともう一つイベント。2つ。知らずに被ってた。
埃被った戸棚の中、昔やってたゲームの箱を探すと、いろんな本が出てきた。
何だろう、薄くて大きい本だったような。
何かのタイトルが巻末順に並んでたが、よく思い出せない。有名なタイトルだったと思う。
時間がないから、昔のカードを整理して出かけようと思ってた。
行くって約束したから。
どっちに?どっちに行くって約束したっけ?
だから約束は嫌いなんだ。
その時の気分じゃないのに行かなくちゃいけないから。
案の定、もう一方の方は行く気がしない。
どちらかの約束は破られるだろう。
あの時のまま時間が止まっている。
今はもっと違うものがたくさん出ている。
いつしか触れなくなったもの。
もう一度思いだそうというのか?
夢の中でBGMが流れた。
これから始まるオープニングテーマのようで。
過去に置き去りにした楽しいゲームの時間。
どこか覚めた目で見つめる自分がいる。