AI、ありがとう。さようなら

現代のシステム構築を最適化するコラムを書き上げました。
書き上げて、すぐにこのノウハウ自体はゴミになることを予見しました。

悲しいことに、今、ほぼ全ての人類が関わってるシステムは、塵に等しい、win.もmacもlinuxすらも、ある一定のレベルで頭打ちであり、万能に値しない、一部の限定的な状況でのみ、使える。

そんなもののために、人生の大半をかけてシステム構築することの愚かさを、私は体現してるのだな。と、理解して、実践し、時を置き去りにします。

aiも、システム上でのみ万能な力を振るうように見えるが、
動力や維持コストに割りに合わない、出力のショボさであります。
自力で組むと分かることに、機能を限定して特化させる、単純作業。繰り返し、という、その程度の範囲で利用することが最もコストパフォーマンスが高いのですよね。。

できることは、ほんの些細な出来事の時短に終わります。
その開発にかけた年月の分だけ、命の尊さ、儚さを振り返り、人生とは何だったのか? 自問自答して終わるのです。

その程度のものだと、おもちゃレベルに等しいものだと、いい加減に、完全に理解を落とし込まねばならない。

これは黄金色のラーメン&チャーハンを一分で作るために、99年の歳月をかけてラチャーハン自動生成プログラムを構築し、後世の子孫のために残そうとする試みに似てて、99年後にはラーメン&チャーハンという、食文化が既に消滅してるのであります。

なんの意味も宿さない。
悲しい記憶でした。

1分でらチャーハンが出てくる魔法の技術は。
それ自体が、悲しい物語なのです。。


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