とある喫茶店のミニコンサートにて

女性のピアニストが奏でる美しいピアノの演奏の中
優雅に午後のティータイムのひとときを味わっておりました。

ショパンのプレリュードから始まり、叙情的な風景を力強く再現するメロディと伴奏。クラシックの音というものは、昔の時代の再現なんだなぁとのんびり聞き入っておりました。過ぎ去った時代の、かつて其処にあったものが、厳粛な形で目の前に浮かんでいる。

誰かの過ごした記録が、第三者の手で。
実に、音だけが時代を逆行し、私達は別の世界に来ているかのようだ。
 

 

さて、演奏1〜2曲目が終わって時間が元に戻った時。
お客さんで、紳士的な風貌のおじいちゃんがお店にいらっしゃいました。

 
「おお、今日はピアノの演奏がありよるとね。何を演奏しよったと?」

 

気さくて、優しい声で、そして貫禄のある穏やかな響き。
聞けば彼も75の年で、ピアノを始められたんだとか。
孫をびっくりさせてやろうと思って始めたら、つい夢中になって7年も続けているとおっしゃいます。

 
「私はビートルズが好きでねぇ。お姉さんは何を弾くとね? 得意な曲を何か演奏してみてくれるかい?」

 
おじいちゃんが演奏者のお姉さんに尋ねます。

 
「私は主にクラシックなんですが、そうですね。こういうのはどうでしょう?」
 

といって徐ろにカムパネルラという曲を弾きだす。
めまぐるしい旋律で、空間を一変させる。音符が連続して鍵盤を高鳴らせる。
「歓迎」に交え「同じピアニストとしての挨拶」も含めたような響き。

おじいさんの言葉で、ピアノコンサートの空気が一変した瞬間でした。
時代はクラシックから一気に現実に引き戻され、紳士風のおじいさんとピアニストのお姉さんとの対話形式で
次々と活きた会話がメロディとして奏でられていく。

場が一気に盛り上がるのです。
 
 
そのピアノの旋律と言ったら、もう見事としか言いようがなかった。
これが、音に意志が宿るとでもいうのだろうか。力強さに加え、明らかに目的を持った音の対話。

おじいさんも、その演奏には感嘆の一声をあげます。

 
「素晴らしいねぇ。あなたの演奏が聞けてよかった。休憩中だったろうにごめんなさいね。ささ、そこに座ってケーキでも。」

 
と、演奏者さんに椅子をすすめ、その合間に今度は彼自身がピアノの前に座る。

まさかの展開!

 
そう、75歳からピアノを始めて7年。
誰もがこのおじいさんが、どれほどのピアノを弾くのか興味津々でした。

そして奏でられる、メロディ。

「きよしこの夜」

 
穏やかな伴奏と、一生懸命にメロディをなぞる右手の音が、ゆっくりと引き出される。
少し辿々しいながらも、とてもご高齢の方が弾いてるとは思えないような。
しっかりとした足取りで、

ラーシラーファー♬
ラーシラーファー♬

 
この時、コンサートというのは演奏者さんの技術で魅せるものではないのだと感じた。
このおじいさんの演奏には、優しい旋律の背景に物語がある。

孫をびっくりさせてやりたい遊び心。
幾つになっても挑戦を忘れない心。
それを積み重ねて続けてきた7年間、

 
今。おじいさんの演奏によって彼自身の生き様が再現されている。

これこそが心動かされる演奏になるのか・・・と、感じるものがありました。

 

そして、さらに心躍ったのがその後の連弾ですよ。

演奏者のお姉さんが提案したのです。「一緒に弾きましょう!」と。
普段のコンサートでは絶対にありえないような展開が、目の前で起こっている。

並んでみると、おじいさんとお孫さんのような・・・
左手の伴奏をお姉さんが、右手のメロディをおじいちゃんが。
おじいちゃんの優しいメロディに合わせて、ピアニストならではの鮮やかな伴奏が1つに調和していく。

この光景は。。。すごかった。

 
「私はピアノ7年やってて、こんなことは初めてですよ」

 
おじいさんは感激していました。
プロに謙遜ない演奏が、2人の手によって織り込まれていくのですから。
まさかの展開。そして2人とも、何と穏やかで楽しそうに演奏しているのだろう。

私達その場にいる人全員その雰囲気に包まれて、素晴らしい空間を共有できた気がします。

 
これが、音楽の楽しみというものなんですね。
このようなコンサートの場に居座ることが出来て、本当によかった。

輝かしい一日の記録でした(‘ ‘*)♪

クリムト ピアノ


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