自己の存在の薄さ

自分自身の存在が消えている。
私は此処に居ない、居るのは何処か別の場所。

冷たい人に見られてたのは、幽霊に近い存在だからかも。
悲しさも寂しさも遠い。
 
自分自身を消して、色んな存在の立場でモノを観ることをしてる。
私の言葉は、たぶん異なる存在が発した言葉で、そこに私は居ない。

 

 

自分しかいない場だと、誰しもそういうふうに物事を捉らえもすると錯覚する。
しかし、現実に生きる人と触れれば、実は特異性であったのだろうか…と思いにふける。

自分の感情が遠い… 痛みも喜びも楽しさも、第三者として感じてる。
器が広いんじゃない、限り無く薄く、感情が遠い。大抵のものが素通りしてく。

 
だから、近く感情を発してる存在よりは、
淡々とそこにある樹や、地面、死の存在や過去を内包する土、
のイメージや感覚を受けやすいのかもしれない。

私の存在が、死者の記憶に混じって遠い場所から見下ろしている。
目の前のものを、すごく遠い目線で。
現実的な響きが薄いのは、存在が遠いから。

 

生きているのに其処に居ないというのは、
側にいる人にとって見れば

「一緒にいる意味あるの?」…他人の見てる領域と、遠い存在の領域が重なりあう場所。
夢の世界にほかならんのではないか。

私は夢に生きているようだ。


視界は音

視界は音としても捉えられる。

光も色も周波数をもつ波、という点では音と同じ。
目の前のあらゆるものを音(振動)としてとらえた時、今まで見えなかった部分に気づくようになる。

音、感情の波。虫のさざめき。葉のこすれる音。光の音。


Golmontさんによるアレンジ曲「♪栄光への共闘」を追加

新曲をアップしました(‘ ‘*)♪

「♪栄光への共闘」
http://timelessberry.com/material/sao1-xglory.html

 
今回の作品は、Golmontさんのアレンジによる戦闘曲です。
このすさまじい重厚感と高揚感は、もう感服(‘ ‘*)
非常に聴き応えの在る曲に仕上がっています!
 
ぜひぜひ皆さん、お聞きください!