ことば暴走状態
これ、ほら。一種のトランス状態なのかな。
ガンガン配列が組み変わる頭の中、どことなく興奮したような血液の流れ。
冷静とは間逆、そういう力がわきあがってくる。
こういうとき、一歩間違えればドツボに嵌ってしまうんですよねー。
間違えなければいい矢。これぞ集中の極意。周りなど垣間見ることの無い。
さて右耳、感覚意識と繋がる音を聞き取るものながら、普段の自分には殆どの音が耳に入りません。
聞こえが悪い。といえばそのまま聞こえが悪いですね。
実際にあまり機能してないのです。うちの右耳。
音を聞き取れないという孤とを、認識する。
ただし、右耳の可能性はここから始まるのであった(まる
音が取れなくとも、振動する感覚がある。
それだけで聞き取れたことと同等の価値がある。
もともと右は感覚的な捉え方をするのだから、その振動を以て音を感じるのは全く不思議でない。
いや、普通に聞こえないものがはっきりと感じることの出来る以上、他の人よりも一歩抜きん出る耳を、うちは持ってることになる。(そういうことにしておく
全ての感覚意識を、右の耳に集中するの。
そしたら、今までとは全く違う音の聞こえ方が認識できてくる。
もう少し、もっともっと。
音に対する余計な感情が芽生えてこない。
ただ遠くから、その音を眺めているような感じ。
淡々と、その音の構成する要素を捉えて、自分自身の中に組み換える。
もう少し、もっともっと。作曲なんて簡単になる。
この感覚で自分の声や誰かの声を聴いたら、何かがつかめるかもしれない。
人の声って云うのは、その人の今まで生きてきた要素が無意識に詰まってるのだし。
歌の上手い人って言うのは、その生き様が自然なんです。
その自然な深みを、自らに見出さない限り;輝石は起こらない。
逆に言えば、自分のあるべき形を認識することが全ての始まりに繋がる。。
っと。。とととt。。
ふいふい、またアラレモナイ書き物のでキアがリット。
なんかね、論理立て手の書く文章って頭が痛いよねl。
無駄が多いもの。必要最低限の言葉だけで事足りるようにして。
とか云いながら、うちはこういう無駄を遊ばせておくのでした~(o _ o。)
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