巡る箱庭✨隠者の書庫

1−3「隠者の書庫:スセン老師の小屋で

空は星明りに照らされていた。夜の氣配の漂う薄闇。
丘の小道をしばらく下ったところで、スセンの小屋が見えてくる。


「ようこそ」

と、入り口の扉を開けた先は、暗がりで覆われていた。洞窟のよう。

中は、湿っぽい木々の香りで充満していた。
そして様々な本、本棚。机の上にずっさり詰まれた書籍。
その一つ部屋の間取りに、古びた記録のなんと多く嵩張っていることだろう。


「どうぞ、お掛けなさい」


マーリユイトは椅子を勧められた。
ほうほうと隙間風のなびく肩身に、いくらか冷たい空氣が触れる。


暗い、マーリユイトは少し、室内の暗さを氣にかけた。
これから明かりが必要だ。或いは『月』の満ちた夜であれば。

と、感じたその時。
スセンの指先が、すぅっと空間に光を灯したかと思うと。
蝋燭に赤々な灯が、突然に現れた。見間違いではない。

この部屋に何処からともなく「火」が生まれ、蝋燭に明かりが灯ったのだ...


ふわりと揺れる橙色が、辺りを優しく照らした。
少し戸惑いながらも、マーリユイトはその灯に魅入っていった。


部屋の主は、お湯を沸かし始めていた。

無作法に調合されたお茶の葉を一掬い。
丁寧に夜間の封を外し、お湯の中に入れる。

草の色が、徐々ににじみながら。
薄く次第に、色の現実味を帯びていく。
そこに星屑を溶かす...




お部屋で...『炎』が独りでに踊る、不可思議な現象。
どんな仕掛けなんだろう? と、思考を遮るように、スセンはティーカップを持って呼びかけた。

「さぁ、星の紅茶だよ」


ただの紅茶ではなく、中央に星の欠片が浮かんでいる。そして刻々と中央の星屑が解かれていく様が、 だんだんと溶けて小さくなっていく様が、どこか儚げだった。解かれていった星屑が一瞬の光を解き放ったかと思うと、その上で淡い橙色のオーロラが湯氣のように霞んだ。



「不思議な色…」


幻灯。星命のゆらめき。
星屑の香りと時間の流れる境目と。
紅茶の味が、ちかちかと刺激するよう。
口当たりがお星様って。


「良い色観だ。星が落ちて間もないほど、こうして鮮やかに色づく。」


星を飲み込むって、どんな気分なのだろう。
それはもとより、役目を終えた星の欠片はこうやって、お茶の中に消えてゆく運命なのか。
大自然の星々が流れ行く夜の狭間、この部屋だけは異空間に留まる別世界だ。じっと座って、流れる星の軌跡そのものを味わっているのだから。

光と影がまどろみ、様々な想いが原型を留めず無くなっていく。
終焉を迎える沈黙。そして新たに炎の生まれ出る瞬間を垣間見る。
二本目の蝋燭、またもや何の前触れもなく、指先が何かをなぞったかと思うと突然に火が灯った。あれは・・・?

マーリユイトはスセンに尋ねてみた。


「どうやって灯りが...その、蝋燭がひとりでに?」
「ふむ、この火の出処が気になるかね?」


スセンは徐ろに手を伸ばした。部屋中に散らばる書の中から、一冊の本が取り出される。
擦り切れた表紙、パラパラと紙のめくられる音。


星の紅茶をひとすすり。
淡く、深いよどみが、くっと喉を潤していく。
そして、星の消え行く様が跡に残される。


「どれどれ、このページに描かれている『綴り(もよう)」が"(あかり)"の招待だよ」


スセンは、始まりにある"炎の章"と記された項を見開いた。


解説するとな。"炎の現象"とは、「エネルギー」の迸りを帯びた「媒体」が、ある臨界点に達して発現する...
「媒体」とは"真名(マナ)"を宿す全ての存在のことであり、 一方で炎の「エネルギー」となる要素は、中空のあらゆる領域に漂っている。

「働きかける意志」によって、それらを一点に、臨界点まで集約させたとしよう。
ほら、迸る焦熱が火花となって出てきた。小さな宇宙(ホノオ)の成り立ちが再現されるのだ...


もう一度、スセンは炎を導いてみせた。
綴り(もよう)になぞって、赤々と燃える火のイメージが脳裏を過ぎる。


『火の子たち。この現象は、彼らが炎を望んだ証でな』


蝋燭の先端を、愛称を込めてそう呼んだ。


瞬間。赤く。鮮やかなオレンジ色の筋が、渦をまとって拡散したかと思うと。
瞬く間、小さな炎が姿を現していた。

炎は幾何学的な紋様(スペルと呼ぶそうだ)の筋をなぞり、蝋燭の先端に留まった。
くるくると、揺らめくそれは踊っているようにも見えた。



火や水、風。土など。
それら万物の姿を象る「理」...つまりは存在の成り立ちを、「真なる響き(スペル)」によって示す。
その真なる響きを「唱える」ことで、宇宙に蔓延る特定の粒子(エネルギー)が集い、「理」が再現される。
光の粒は小さき精霊たち。各々の「譜面(紋様)」になぞって、彼らが森羅万象あらゆる出来事を忠実に描き出す。


と記された古代の文献は、一部が解読されて次世代の文明にも伝えられた。解読した者は、それらを『魔術(神 術)』と呼び分けたそうだ。

森羅万象からごく一部の、()の力と関係を結び、魔の名の下に超常の理を再現する「術」に当て嵌まるモノ。或いは、(シ ン)なる名のもとに祈り、その神が有する「奇跡」を導くことに該当するもの。


「...総じて、どの見解も、限られた「現象」の一端にすぎないが。」


とスセンは締めくくる。


...あ、と思いきや、呆気にとられた来客の姿があった。
実際、何を言ってるのかちんぷんかんぷんだったそうな。

でも何となく、魔法みたいでスゴイなぁと、マーリユイトは感慨の念を抱くのだった。


「スセンさん、一体どこで…?」
「ところで、マーリユイトと言ったか…」


(そんな知識を...)と続く言葉が被さり、少年は今一度尋ねられる。


「お前さんは、何処から来たのだね?」
「ど、何処からって。それは…」


ふむ、とスセンの額に、横一線の皺が浮かんだ。神妙に瞳が閉じられる。
マーリユイトは吸い寄せられるがままに、その表情の変化を見て取った。
なぜだか、自身のありのままを観られているような感覚に陥った。


「分からないです。気がついたらあの場所(丘)で目が覚めて...」


スセンは静かに眼を開ける。
どうやら少年の存在する座標は、この時間軸に示されていないようだと。


「ふむ、これも因果の巡り合わせか。
 天上の星々が、この地にお前さんを呼び寄せたのか...」


スセンは遠くを見ながら、ひげを弄る手振りで思案しているようだ。
星、星たちの言葉と、マーリユイトが、どのように関係するのだろう。
スセンの方から伺い知ることができない。

それでも、スセンは穏やかに受け入れてくれた。


「まぁよいかな。日も暮れた事だし、今日しばらくは夜に浸るとよいぞ。」


星読。

表層に映る姿とは違い、星命の言葉は深層に込められる。
窓から零れる星明りと蝋燭の灯りが、ゆったりと沈黙の時を彩る。
夕闇を駆け抜ける風が、さらさらと草原を靡かせていた。


「ありがとうです。。。」

マーリユイトは、以前も此処に来たことがあるような、どこか懐かしい感情を抱いた。
蝋燭の灯の中、樹木の香りと星の紅茶の味わいに、不思議と心が落ち着いてくるのだった。

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