巡る箱庭✨炎との邂逅

1−3「邂逅:灯に宿る温もり

♪BGM「プレリュード」を鳴らす

蝋燭の揺らめきは、赤々と影の色を染めていく。
零れ出る夜の光も、ますます混沌の黒へと飲み込まれていた。
風が草原を吹き抜ける、その旋律は、地に降り注ぐ雨の響きのよう。

そして訪れる静寂。


いつの間に時が回ったのか。もう星灯りだけでは外の様子も伺えない。

夜の静寂は奥深く、巡りめく漆黒の闇に包まれる。
部屋から一歩出ようなら、とうとう自身の痕跡すら見失ってしまいそうだ。

気がつけば、今この時を過ごしているのは一人。
スセンの姿はなく、唯一この空間に身を寄せるのは自分しか居なかった。


自身の息遣いが、鮮明に聞こえている。
...自身の鼓動だけが、確かな時を刻んでいる・・・


まどろみの中で眼を開けた。


木犀のテーブルの上に飲みかけの紅茶のカップ、そして分厚い一冊の本。
先刻、スセンが「火の扱い?」について見せてくれた本がある。

本を閉じた重厚な装丁の表紙には、群青の宇宙空間を背景に無数の星が映る。中でも一際大きく輝く「太陽」そして眩い「月」のシンボルが印象的。 表紙の額縁をリースで飾るように、樹の実や葉っぱ、花々の模様が背景を包み込んで、所々に動物や昆虫たち、魚や鳥などの姿が隠されている。 そして、星空全体が一つの生命の姿を現しているようにも見える。

タイトルは...[読めない文字]で綴られていた。


最後に覚えてるのは、表紙を開こうと手を伸ばしたことだった。いつの間に眠ってしまったのだろう?

見知らぬ場所に一人。心細くも思えたが、火の温もりがじんわりと心を落ち着かせる。
もうしばらくの間、まどろみに浸っていたい心地になる。


「また眠気が誘う...」

どうしても難しい本、細かな筆跡や模様が並び、頁いっぱいに書かれたもの。
まるで読めない。眠くなる。いつの時代とも知れない、解からない文字だから?


でも、不思議と、描かれる挿絵や、文字の配列。
一つひとつの言葉の欠片が、おぼろげな夢の片隅に語りかけてくるようで。

今は炎の神聖な響きが凍える闇夜を照らし、温もりと、穏やかな灯を齎してくれている。


ほんのり暖かい...
炎は、この子たちは生きてるのかな?
分からないけど、きっとそうだと良いな。


きっとそう、きっと。
そうじゃないと。僕は...


zZZ...


[僕は、どうして此処に()るんだろう。それも一人で...]


目を閉じた...瞬間に思えてしまう、見知らぬ場所に、自身は孤立していた。誰もいない場所で。 帰る場所、本当の自分の居場所は何処にあるかも、何も判らない、何も思い出せないまま。自己の存在に虚無感を覚える。

空っぽの記憶は、今までの経緯は愚か、生まれた時のことすら覚えてないのに。
何処かの言葉を知ってたり、名前を言えたり、手足を動かしたり、考えたりができるのは。

どうして。


[僕は何者...?]


虚空に尋ねても、応えは還ってこない。。
どれも初めて見合わせるモノばかりで、知りようもない。
自分を分かってくれている存在は...何処に。ない。孤独、不安。


けれど何かが、ぐるぐる寄り添うように、お腹の辺りがくすぐったい。
凍える心身に、優しい安らかな響きが感じられた。

いつから居たのか? 暗闇に紛れて。

手で触れてみる。毛がふわふわ。
両の手くらいの、小さなふわふわ。

『?』

黒猫。

ふわふわの毛玉は、ごろごろ音をたてて擦り寄ってきた。
触ると耳みたいなのもあって、黒猫さん。

「ゴロゴロ...」


心地よい息遣い。触れた生命の輪郭が、意識の奥に染み渡っていく。
温かい、瞳を閉じて、。

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魂の鼓動は言葉のようであった。
想いを伝えるために、いつしか言語の響きを象った。
ただ言語を知らない彼にとって、その響きは成されるイメージそのものだ。

記される文字の形も、挿絵の筆線も、交わされる対話も、音階も、大地の模様も...
異なる時代の、異なる種族の、それが未知の言語であろうと、ただ感じるままに受け取れる。
それは内なる『記憶』と共に

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