巡る箱庭✨記憶の1ページ
1−12「名前と認識と記憶と、本」
そのときから、ユイは"名前"の意味をよく考えるようになった。
自身の名「マーリユイト」にはどのような意味が込められているのだろうか。
おじいさんの呼び名「スセン」の由来は? 「ツクシ」や「ハコベ」などと呼ばれる植物の名付けられた理由は?
自身が当たり前のように呟いてる何気ない名前も、よくよく思い返してみたら、古い記憶に微かに残る「手がかり」を示しているように思えた。
なぜなら過去の自分は、その呼び名を「知っていた」ことになるから。
最も、大半の呼び名は、スセン一家の暮らしの中で憶えたものではあるが。。
それ以前に、はっきり認識していたものを一つ一つ拾い上げてみる。。
「大地」
「草」
「木」
「太陽」
「手」
「足」
「目」
「夜」
「闇」
「月」
「星」
「火」
「雨」
「風」
「氷」
「冬」
「朝」
「雪」
「花」
「石」
「東」
「西」
「北」
「南」
「時」
「水」
「湖」
「魚」
「猫」
「鳥」
「扉」
「小屋」
「蠟燭」
「暖炉」
「本」
「お茶」
「カップ」
「椅子」
「テーブル」
「毛布」
「窓」
「明かり」
一つ一つ、メモ紙に「文字」と共に書き出していく。
「文字?」そう、文字だ。書斎の本棚に、ユイの読める本がいくつか存在するようになった。
その「文字」の在り様を認識してから、ユイは何かを書き残す、考えをまとめる。ということを試みるようになった。
文字。を認識する前は、どうだっただろうか。。
確か、絵画の中の一節を読み解くように、一筆書きの線の繋がりから、流れを読み解くように、筆跡に込められた思いを、連想するかのように。。
ところどころに挟まれた挿絵から、何について書かれているのか、想像を巡らせるように。。。
本を読み解く中で、稀にスセンが隣にやってきて、お茶と談笑を挟みながら、幾つかの質問と答え合わせをして、文字の綴りの意味する所を教わるようになった。
スセンおじいさんは、ユイにとって師でありながら、同じく本に描かれた「真理」を探求する友人のような存在でもあった。
彼は、ユイが本に描かれてある内容をどのように捉えるのか、興味深く見守っているようだった。
本と向き合う中で、いつからかスセンの言葉を無意識に思い出すようになった。
「最初から自分で本を描いてみたら良いんだよ。そうすれば、此処に書かれてる意味をほとんど読み解けるようになるだろう」
「例えば、植物図鑑。ここ周辺の草花の種類や使い方をまとめた本でな、ミカさんの日々の暮らしの智慧が季節ごとに記録されている、そうすれば、ここの暮らしを引き継いだ誰かに役に立つこともあるだろう。」
「書かれてる内容も重要だが、『誰が何のために書いたか』を知るのが先だ。それこそが、その本の存在理由なのだから…」
などなど、言われてみればそうかもしれないな。と思い返しながら。
紙に描いたメモの筆跡を一つ一つ、記憶と照らし合わせていく。
文字もまともに描けない自分が、本を書けるようになるなんて到底思わないが。。
...
。。。
文字。。いや、これは名前を現す筆跡でしかない。。。
そのもの、を、認識している。ことを、記して、。まさに、その筆跡を見た、自分が、今。意識の中に、象られていくイメージを、再び手に取れるように。書き残している。。。
何かを掴めたような、ユイは、夜を、イメージした文字、を筆跡に込めて描いてみた。
夜空に満点の星が煌めき、虫たちが草原で鳴いているのを。これは文字であろうか...
一筆書きで、空と星々の配置を描き、夜の音を波打つような揺らぎの線で表現した。
巡る箱庭の冒頭の1ページだった。
書斎に、ユイの記憶を司る1ページが書き遺された。
⇒ 次のページへ