巡る箱庭✨追憶の情景
1−4「追憶の情景:朧気な記憶と共に」
真冬の夜は肌寒く、マーリユイトは小さな動物と身を寄せ合うように眠っていた。
...どこかの雪原の洞窟で、生命の火を一心に護っているような感覚だった。
辺りは一面、氷の世界。
大地は凍て付き、樹々は枯れ、果実は萎縮し、種は干からび、芽を出せない。
地上の食べモノが一斉に枯渇する...
すると、地上の動物たちは、人はどうなってしまうのだろう?
まず最初に、あらゆる者たちが限られた資源を奪い合う場面。
共に喰らい合うか、糧を得られないまま細々と飢えて、やがて死んでしまう。
さればこそ、僅かでも他者を抑えつけ、自身の優位に立つ「力」を我先に見い出さねばならない。
我こそが、生き抜くための「力」を。
飢えの苦しみ、飢餓感が渦巻く中で、自分以外は全てが奪い合う敵。...心は恐慌に迫られていく。
外は猛吹雪。視界も要領を得ない...ただ蠢く音だけが聞こえてくる。それは風? それとも生きる亡者の嘆き?
氷点下の世界が、種を疲弊させ、生命を蝕んでいく。見渡す限りの冬が、命在るモノを死に追い詰めていく。
氷河期。死が指先から訪れる時代。後に生き残ったとしても、極寒と飢えと孤独の果ての「滅亡」を免れない。
『さようなら。あなたも、もう』
生者が一人、意識だけで歩き続ける。
誰かの死を見届けながら。もう一人。また一人。
猛吹雪の風は、悲しみをまとって、吹き荒んだ。
ああ。しかしなんと、その状況で生にしがみつくことか。
存命の手の打ちようがない状況に思える中。かくして他と異なる選択をした部族も居た。
食い繋ぐ生を捨て去る他ないと覚悟を決め、冬眠する熊のように、大切な誰かと洞窟の中で身を寄せあって、いつか訪れるであろう芽吹きの時を夢見て、ただただ永きに渡る眠りに入ったのだった。たとえ目覚めの時が果てなくとも...。
眠りにつくことで身体の消耗は極限まで抑えられた。静かに、身体の内側を巡る血液が脈打っていた。
『温かな心臓の音』
トクン、トクン。と。互いに鼓動を感じ合う。底に生命の無自覚な意思が呼応する。寒さに応えながら、彼らは心身の変化を刻々と受け入れていたのかもしれない。極限の果てなき冬に、僅かながらでも存続していけるように。
そうして、太陽の姿が黒雲に隠される時代が続いた。
真昼の時でさえ、冷たい闇にうっすらと周囲の陰るだけ。
もし日が昇っていたなら、天空を何百、何千周か巡るくらいの時が経っていた。
それでも眠った者たちの間で、生命の灯は循環し続けていた。
自身の古い身体を燃やす炎の種が、新たな胎動となって繰り返されていたのだ。
その循環は見えないエネルギーとなり、互いの、一つ一つの、愛しいそれは、共に暮らした異なる生命と響きあうことで循環し、調和の輝きとなって身体を再構成していく、生まれ変わった瑞々しい身体が、同一の魂に深く馴染んで結ばれる。眠りの中で、時代を跨ぐ転生サイクルを紡ぎながら、静かに、静かに時が過ぎた。
彼らは春の訪れをいつまでも夢見ていた、それぞれは温かな胎動に浸り、もはや飢えの苦しみは存在しなくなった。
終わらない冬が、静寂の中で塗り替えられようとしていた。
夢...?
彼らはどれだけの間、眠り続けた?
それは、知らない。
気の遠くなるほど永い時間。想像などできやしない。どれほど夜明けの日を待ちわびたことか。
生命の存続が歴史を証明するように、もしかしたら地上の春を既に出迎えて、もう彼らは目覚めているかもしれない。
未だ、朧げな世界に通じているような夢、深い眠りの中に誘われている。
遅い雪解けは、氷の指先を這わせたまま。凍えた大地が、いつか解け合うその時まで。。。