巡る箱庭✨星の案内人

1−1「星の案内人:星降る夜の丘に

BGM:♪星の案内人

 

少年は、見知らぬ土地に降り立っていた。
辺りに広がる草原を、その高みから見下ろせる其処は、やはり知らない。

夢を見ていた氣がする。
深淵を潜り抜けて、此処にたどり着いたと。


サラサラ、光の粒が溢れる。

ただ不思議に、この地を踏みしめる現実味は、未だおぼつかない。
大地と、草花の匂い。そのなかで、呼吸する自分。


足跡を残して、少年は歩き出す。
草原の先の小高い丘。そこから、きっと近隣の地形を見渡せるはずだから。

風の音が、その歩みに寄り添う。



「ーー?」


ふと、此処に来るまでに、何か目的があったはずだった。
置き去りになった記憶、その何かが今にも思い起こされようとしている。
けれども、鮮明に想い描くことができない。


日が沈んでいく。
頂が見えてくるにつれ、太陽はあと僅かで一日の役目を終えることに氣づいた。

どうしたことだろう。
夕闇に染まり行く空は、雲の隙間に反射して。
あとはもう、かすかに地上を照らすだけだ。

遠くで、白くおぼろげな星々が、うっすらと象られる。
夜の兆しが、見え隠れしている。


「此の場所は…」


頂、小高い丘から見える眺めは、黄昏れに包まれた。
景色は徐々に閉ざされ。ただひんやりと、その場で隠されて。

次々と影に覆われていく。空。星。星が瞬いた。
手をかざせば、其処に光がこぼれ落ちてくる。

風は、一つの()の終末を告げた……
光の欠片が宙に舞う。零れた光の粒を、一つ、二つ...少年は両の手に受け止める。

綺麗...



と、その清寂な輝きに心惹かけた瞬間、不意に声を掛けられた。

「おや? 来客とは珍しい」


壮年の貫禄がうかがえる、落ち着いた声。そこには、紺色の衣を纏う男が立っていた。


驚いて少年は応える。まだ幼さの残る声で。


「...あなたは?」

「ふむ、わしは此処で星屑を拾っておるんだよ。」


やや老成した言葉遣い、その男性は穏やかな響きで返す。 彼の手のひらには、すこし砕けた星の結晶が見事な異彩を放っていた。


ーーーー


星降る夜の最果てに。
ここは、水晶林のはずれにある小高い丘。

無数の灯火が揺らめく天と、其処から生まれる輝き。
崩れ、光の結晶として零れ落ちる。なきあと。
その血に流れるコトダマと、繋ぎとめる一陣の砂塵が舞い降りる。
天と地と、隙間を縫うかのように……


ーーーー


「僕は…」

星と会話する。
けれどもそれは唯、一方的に言葉を投げかけるだけだ。
もしくは、それを自分の中に巡らせて、消え行く。

しばらくして、両手に受け止めた光の粒を見せると、壮年の男は少し驚いた様子で目を配った。


「ちょうど僕も、これを...」

「ほぅ、お前さんにも星の旋律が聞こえるんだな」


光は、二人の間で呼応するかのように、一定のリズムを刻む。
夜は繊細な瞬きまでも、微かに感じ取れるようで。

男は、そっと空中に手を振りかざした。
彼の手元に一陣の風。其処からふわりと舞う星の欠片たち。
そして少しばかり、大気に導かれて天に還っていった。


「さて、此れだけあれば十分か。此処で拾った星は、格別に美味いんだよ。紅茶なんぞに浮かべて飲むとな…」
「紅茶...?」
「善ければ、自慢のお茶を入れて差し上げよう。一緒に来るかい?」


よい退屈しのぎになりそうだ。
と続く言葉に、マーリユイトも嬉しい提案だと感じた。


「是非。お願いします、えっと...」
「ああ、お若いの。わしはスセンという名だ」
「僕は...マーリユイト。マーリユイトです」



記憶の片鱗が、微かに心を震わせる。
空はまだ宵闇には至らず、これからが天を漆黒に染める時。

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