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巡る箱庭✨錬金術士アリシア

2−1「アリシアの箱庭」

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炎に包まれ果てた故郷の星は、記録上かつての地球に比べ、水や緑に乏しい星だった。 人々は大きな一つの国家において、閉じられた文明社会を築いて暮らしていたようだ。

国外の辺境にも、いくつかの部族が独立した集落を築いていたようだが、詳細は定かではない。
王国都市は巨大でありながら、大陸全土を把握するまでには到らなかった、王国の民にとって城壁の外は未開の地であり、 見渡すかぎりの荒野、山や洞窟などの荒々しい地形が続き、そして所々オアシスとも呼べる小さな水辺、草地が点々としているのみだ。


民の食料は、王国内周辺で栽培される農作物を糧に、まれに荒野に生息する獣の肉や、オアシスに自生する珍しいハーブ、魚の加工品などが市場に出回る形だった。


それらの食が流通するのは、冒険者稼業を生業とする者が居てこそだった。 彼らは国境外の広大なエリアを数日、長い時には丸1ヶ月かけてキャラバンで回り、 地図を詳細に記録しながら未開の地を横断していくのだ。

通常はせいぜい似たような景観の荒れ地を走り回り、
薬草や素材となる鉱石、襲いかかってきた猛獣の肉などを調達する程度だ。

ごく稀に新しい発見もする。
とある冒険者の一行がある日、大陸の西の方に位置する場所に、鬱蒼と生い茂った森を見つけた。


「おお、皆の者。森だ!この一帯は新発見ぞ!」



だが国が治める冒険者ギルドへ報告に戻ったが最後、大陸の西に位置する森は、まるで最初から存在しなかったかのように発見地点から姿を消していた。
彼ら冒険者一行は、嘘、偽りの報告として咎められた。

しかし、最初の報告からしばらくも経たないうちに、似たような発見事例が、幾つかの異なるキャラバンによって相次いだ。

突如として発見された幻の森。 以降その森は存在自体が謎に包まれ、人々の間ではある種の伝説になっていった。

曰く冒険者の話では、入ってしまったら戻ってこれる保証は無いとか、 森の内部は遥か異次元の世界に繋がっているだとか、 強大な森の魔物が、運悪く迷い込んだ者たちを八つ裂きにしてしまうとか


実際の証言によると、森の内部は蔦や茂みが複雑に入り組んでおり、方向感覚は愚か、 同じ場所でも時間がたつ毎に森の景観そのものが一変するので、 探索は困難を極めるのだという。

中に入ったが最後、元の場所に帰り着く保証はない・・・
と言うのは直ぐさま引き返してきた冒険者の話で、
得体のしれないあの森には近づかないほうがいいと警告を発していた。

物好きな冒険者一行は興味本位で探索に向かうこともあったが、 奥へと進んだ者たちが帰ってきたケースはほぼ0に等しかった。 その為、幻の森は存在自体が危険視され、その実態は謎のベールに包まれていた。



だが彼女、アリシアはいわゆる辺境の地の生まれであり、王国社会の概念とは無縁の世界で暮らしていた。 森、それは王国内からすれば馴染みのないものだったが、アリシアは感覚が心得ていたようだ。

森の発生地点では、他所に類を見ない鉱石が時空を超えて存在している。水の湧き出る場所。 巨木がいくつも生い茂る中にその場所だけ光が差し込んでいる。天上の開けた場所、水晶林に囲まれた湖、水面に映る新緑の芽吹きが、森に春の訪れを告げていた。 アリシアは水底に映る桜の花びらに手をのばし、ゆらゆら揺れる波紋に感覚を委ねる。


彼女は水を介して、この地に蓄積された異次元世界の史歴を読み解いていた。 その中の一つに「アトランティス」の情景...が思い起こされる、其処では「石」を媒介とする文明が存在した。 石には波紋の痕跡が年代ごとに幾層にもわたって蓄積され、それを読み取ることで波紋に編み込まれた詳細なデータをスクリーンに映し出すことが出来るものだ。

中でも媒体として一番適するのは「水晶」だ。 曇りのない透明な水晶ほど純粋な波紋が記録され、データの再現性が飛躍的に向上する。


近代文明ではUSBメモリのようなもの。 当時はデータを石同志で共有したり、遠くに発信したり、石の波長を元に記録を再構成したり。 さらに当時の文明が優れていた部分は、装置自体が水との親和性に優れる点だ。 水は水晶が映し出す媒介に適し、しかもそれ自身が石の記録をリセットしたり伝達する手段にもなり。 ほぼエネルギーロスなしに記録を出し入れできてしまうのだ。

雨や霧の中では殊更、現象を十二分に再現できる力を持つ。


アリシアはそういった石の特性を識り、石たちを素材に新たな創造を形にする錬金術士(アルケミスト)としての才を自らの生に見出した。

流れる水、中心に石。 自然界に存在する膨大な記録の中から「特定の名の言葉」を刻むことで、その意志は命名の目的に集約された実用的な利器になり得る。

錬金術は形を変える原子転換、石の想いの一粒一粒を理解し、それらの輝きから目的に応じた真名を導いて、魔法石として鍛え抜いていく。 もともとの石に刻まれた記憶(記録)の中から選りすぐって、例えば花や樹木の香り、小鳥の鳴き声、揺れる木漏れ日を現実に再現することが出来る。 まるで森のなかに居るかのような空間を演出したり、 ある時は海の底の情景を映して部屋全体をアクアリウムのような世界に変貌させたり、 まさに生活空間を彩るアーティファクトとして、彼女の発明は親しまれるようになった。

しかも記憶の像を空中に映し出せば、波長を通じて外界にある程度エネルギー干渉できるようになるので、 使いようによっては現実に火を起こしたり、風を生み出したり、光を屈折させて幻影を生み出したりと、 その用途は色々な方面で発展の可能性を秘めていた。



しばしば錬金素材となる自然界の産物は、 過去の出来事や違う場所の残像を、ひとりでに映し出すこともある。 この幻の森も、おそらくどこかの時代のどこかの場所を、 蜃気楼のように映し出しているにすぎないのかもしれない。

そのようにアリシアは思うこともあった。


常識を逸脱した不可視な森の生命たち。

水晶林の主は、アリシアの来訪を歓迎する。 地に刻まれた石の精霊は様々な形で彼女に話しかけ、まるであるべき場所へと誘いこむかのように。 木々の梢は進む方角を示し、足元の草花は風に揺られ、一定方向にそよいでいった。 道は入り組んでいるように見えても、アリシア自身は全く迷わず、歩くのも苦にならなかった。

ほら、あちらにはリスのような?小さな動物の気配がちらちらと顔を覗かせ、時折可愛らしく首をかしげている。 彼女はその子に微笑みを返すと、進む方向の先へすっと姿を消し、しばらく先でまた顔を覗かせる。

小鳥たちが明後日の方向に羽ばたいた。あの子たちは森の伝達役。

「優しい人間さんが来たよ」
「見覚えのある女の子だね」
「今日は、誰を運んでくれるかな?」


そうして木々の根が大地を揺らし、僅かな風で梢がそよぎ、気流の渦が生まれる。 気流の渦に乗って、伝達役は飛び出した。あの子のもとに。


アリシアは、純粋な石の精霊たちが好きだった。
石たちに宿る様々な生命の気配に、いつも心癒されていた。

彼らの声を聞き、声の表情から願いや意志を読み取り、彼ら美しい記憶の再現を少し手伝う。それがアリシア自身、石の錬成で心がけていること。石たちは、決まってこう言うのだ。「私が一番、私が一番に輝きたい」と。

石たちには自身の過ごした悠久の時の記憶と。生命の育まれ、役目を終えた者は根源に還り、延々と循環する輪廻の輪が宿る。それらは星が巡る毎に蓄積され、原石1つ1つの内には円環の紋様が、1年1年の出来事が紡がれ続けている。 蓄積された"記憶"の中でも一際強い輝きを放す光の一粒は、石の本体を抜けだして独立した精霊となったり、風に運ばれて別の生命の一部に乗り移ることもある。


石に宿る微細な生命の痕跡こそが、マナ。微細な光、一つ一つ、それらが創造の源であり、天空に灯される星の一つとなる。アリシアは石に刻まれた星の記憶を再現させ、その石特有のマナを望ましい場所へと活用するのに一役買ってるのだ。 彼女は直感の赴くまま、森の道端で炎の原石「カーネリアン」と「水晶の欠片」を拾った。それから星の構造を示す石「オパール」も、それらを手に自らの工房へと向かった。


森の外れの方に位置する苔に覆われた洞穴、その内部に彼女は工房を構えていた。 外からは何も見えない。中はブラックボックスだ、曰く「素材が十分に揃っていれば、自らの意思によって創造を再現できる」とアリシアは語った。

工房の中は思ったより広く、一目で宇宙空間に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
漆黒の石壁が四方を囲み、中央に銀河系を象った大人の身長ほどもあるオブジェが展開され、中央には太陽を思わせる光源の石、その周りに惑星体のような色とりどりの石の球体が輪を連ね、不思議な動力で浮遊しながら公転を続けていた。よくよくみたら自軸も見えた。ん? あれは磁石の導線か?

中央の星の球体周りにも、大きくて白い透明な石が2つほど巡回している。それは天井の光源に照らされて美しく輝くが、中央の球体の影に隠れるととたんに闇色へと染色される。まさに月、衛星を模してるようだ。くるくるとまわる。小宇宙。

そして外の灯りが漏れ出るホワイトホール。
煙突が外界と繋がり、その足元に石の錬成に使う火釜がくべられていた。


アリシアはこれから、先ほど拾ってきた石たちに宿る「生命の記憶」を掛けあわせ、新たな星を宇宙に灯すべく錬成を試みるところだった。
2つの意志を炎の内に融合させる、そこで融和した記憶と記憶が高次元のエネルギーの中に掛け合わさり、新たな形を為す。そして創造主の命のもとに、その名(役割)を新たな石に刻むことで錬成が完了する。

「炎を再現するオパールの灯。今一度眠りから覚めて、この世界に新たな輝きを灯して。
 新なる名は・・・【天照(アマテラス)】・・・目覚めよ!」


ここに炎の幻霊は覚醒した。
ほうっとこぼれ出るオレンジ色の灯りが、錬金された星石から淡く解き放たれる。


「こんにちは天照(アマテラス)。主の名はアリシア。」


ぼんやりと浮かび上がる炎の姿。語り手は目覚めの時を迎えた。魔石に宿る精霊は目の前のアリシアの存在を認め、同時に自らの存在が明確なものになっていくのを実感した。

石に刻まれた炎の精霊は"鳥"の姿を型どった。
別の次元では、朱雀と呼ばれる姿形。迸る熱エネルギーを実体化させたアマテラスは、アリシアに宿る炎の力となった。

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【現在の章】第二章「炎の記憶」
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