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巡る箱庭✨王国からの依頼

2−2「王国からの依頼」

石の力は偉大だ。
全ての石に個性があり
それぞれに類まれなる創造性が宿されている。

その能力を自在に引き出すとは、実に興味深い技術だ。


我々としては人類のさらなる幸福のために
是非ともキミに協力してもらいたいものだよ。


(...その場には沈黙。一瞬の間が過ぎ去った後、彼はこう続けた)



そうだアリシア。キミのために特別な部屋を与えよう。
必要なものは申し付けるが良い。全て我らが責任をもって手配しよう。
もちろん何不自由なく暮らせるよう、ありとあらゆるモノをキミに贈呈しようではないか。

キミは、その類まれな技術を我が王国でさらに磨くといい。
人類の発展に貢献するという使命を、存分に果たすと良いぞ。



「陛下...」


アリシアは、王国君主に要請を受けて呼び出されていた。
そこには一国の王たる身分の者と、傍らの護衛に只ならぬ腕ぶりを思わせる騎士が二人。


どうかね?
悪く無い話だと思うのだがね。


風。

石が鳴いている。
石が語りかけてくる。


浮き波立つ湖のゆらぎを、たゆまない鼓動を感じたままに見下ろす。
心のフィルターを通した情景。

此処は閉ざされた空間。
星明かりが届いてこない、代わりに

「光芒」による人工的な灯りが天井を揺らしていた。


喜びも嬉しさも、悲しみも怒りも。
建造物の壁がフィルターとなって感覚が澱み、湖の情景はかくも変わる。

ゆれる水面、映る影は陽炎のようにゆらゆらと。
隔離された空間の灯りによって、ひとりでに歪んでいった。


ありのままを見通すならば、自らの感覚で、そのものをじっと見るの。
そうすれば他者の権威、他の視点、命令、支配。私を矯正しようとする、あらゆる壁など振り払ってしまえるわ。


此処には何もない。
音も、香りも、石も、木も。
必要な物が何一つ揃わない。

だから何もかもを他から持ってこなくてはならない。
それを国の召使いたちがやってくれるというなら
自分にとってそれほど差異は無いだろうが...



見える光景に心を動かされず、ずっと奥まで、淡々と。
私は石。すべてを記録する石。

此処には何もない。何もないというのが具現化された空間。
王城の一室。そこで私は何が出来るのだろう。考えた。

無から何かを産み出すことは不可能だ。作品には元になる素材が要る。
そしてイメージの完成形。これこそが錬金の重要な鍵だ。

何もない空間で、何をイメージできるというのだろう?


無から生まれ出づるは無。
どんなに積み重ねても無。


此処には何もない。
故に、他から持ってくる。持ってくる?



「西の森の賢者さま。
 あなたは一国の王の気遣いを無碍にするほど愚かではないでしょう?
 私達はあなたの力が必要だからこそ、この場に呼び寄せたのです。

 此処では必要な物が全て揃います、十分な食事や寝所はもちろん。
 有能な召使いやあなたの安全を守る立派な騎士だって
 あなたのために王は全て手配してくださいますよ。」



...奥にもう一人、陰から顔を覗かせた老齢の女性。

「奥方様、お身体は...?」
「平気よ。心配なさらずに」


騎士の声を一瞥し、前に出てくる。
あの方は、?



「そうね。では一つ頼まれてはもらえないかしら?
 あらゆる病を退ける錬金の術式を、私達の国にどうか...」

ゴホッっと、老齢の女性は息を詰まらせる。


「母君、お身体に障ります。何もこんな時に出てこなくても」


一国の王が声を荒らげる。
そうか、あの女性は...



「そういうことでしたら、私にできることはお手伝い致します」

アリシアは、畏まって呼びかけに応えた。


その日からというもの王城の地下に併設された研究所にて
アリシアは、錬金のアイデアを練る日々を送り始めた。

森に居た頃とは何もかも環境が違った。
思うようにイメージが湧いてこない。

そればかりか、城内は様々な決まり事で管理されており
非常に息苦しかった。自由というものが約束されていないのだ。


そんな中、アリシアは考える。
なぜ王国では病という生命の弊害が引き起こされるのだろうかと。

病とは出処が原因不明の症状であり、軽度の苦しみから徐々に身体を蝕み、果ては死をもたらす存在であった。

人間の体は本来、生きるにあたって一切苦しみなどなく
役目を終えた段階で自然と息を引き取るように創られている。
病の表現自体が存在しえない、旅立ちの時を迎えた段階で、自らの魂が肉体を離れることを悟るだけだ。


しかし、実際に都の人々の中には、そういった原因不明の「病」に侵され
苦しみながら生き、何人も望まない死期を迎えた者たちが居るのだ。

おそらく...王の母君もそうなのだろう。
彼女から感じられる雰囲気。上辺は強情に取り繕っては居たが、足腰が非常に弱々しく感じられたからだ。 話し声からも、どこか無理をしてるような印象を受けた。

王の血縁者たる者がそのような状態では、人間社会は深刻な問題を抱えていると言ってイイ。 国を象徴する彼らの内に病が存在するということは、そこに属するその他大勢の民にも何らかの悪影響を及ぼしている、と読み取れるからだ。 それほどの重要な人物に頼られるとあらば、自分は一体何をしてあげられるだろうか。

アリシアはそんな問題と向き合うために、せめて一時的にでも王城へ身をおくことにしたのだった。



数日間、研究所にこもる中で分かったことがあった。
いつの間にか、自分の身体の自由が効かなくなっていることに気づいた。
確かに望んだものは使用人に頼めば何でも持ってきてもらえるのだが、
しかし、それは本当に望んだ結果から少しズレがあった。

まず自分がお願いすることで、わざわざ使用人の貴重な人生の時間を奪うことになっている。
そしてあくまでもそれは、使用人の目で見て彼自身の判断で選ばれてきたもの。
実際に運ばれてくるモノは、どこか自分の思い描く本来のイメージからズレが生じているのだ。


アリシア自身としては、自分の手で必要な素材を手に入れたかったし
また使用人の時間を奪うことに申し訳無さを感じ、しばしば遠慮せざるを得なかった。

食べ物にしても、錬金素材の石にしてもそう。 自らが本当に欲しいモノのイメージと比べると、他人の持ってきた現物には微かな「違和感」が生じてしまうのだ。



もしかしたら、この「ズレ」が積もり積もることで
自分の望まない結果が「病」となって返ってきてるのではないか。
アリシアは、そう考えるに至った。



仮説として原因を導き出せば、あとはそれを改善するための設計図だ。
効果としては「望むものが一寸の狂いもなく手に入る現象」を確立させること。
そうすれば全てのズレが解消し、病そのものも消えてなく無ってしまうだろうと...


問題はそれを実行するためのアイデアだ。

考えようによっては非常に危険な思考をしていたことに、アリシアは気付かなかった。
おそらく彼女自身もまた、この時正常な状態ではなかったのだろうと。

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【現在の章】第二章「炎の記憶」
1話