巡る箱庭✨最初の記憶

2−1「最初の記録:少し昔の遠い過去

物語を描くのは、決まって雨の日だった。
しとしと静かな雨音の日もあれば。風が鳴り、滝のような大雨となる日もあった。

此処に来たばかりの頃、先代の人が築いてくださった石工と木材とトタンの簡易小屋を書斎としていた。 雨が降るとトタン屋根に心地よいリズムが響き、小屋の外から風の音も交えて奏でられる。 しかし簡易とはいえ、激しい雨風にも動じない部屋の中は、なんと丈夫な造りかと感嘆したものだ。

薄暗い中に灯りを一つ点ける、外界から遮断された静けさの中、私の物語は執筆され始めた... 周りの一切が自然に満ちている、水が、風が、樹々が、一点の灯火が、私の望んだ物語を運んでみせてくれるのだろう。




此処に辿り着く以前、未だ古い時代の都に住んでいた頃、そこでは何を描こうとも、一向に筆が進まないものだったな。 目的地が、自分の望む形に至らない。必要な繋がりの殆どが絶たれたまま。バラバラのピースはほつれて「人間社会」の大きな指針に巻き込まれる形になる。思考を何度も練り直し、不確定な存在のパズルを繋ぎ直すも、時系列と接点。因果関係、どの繋がりも曖昧で...... 何度繰り返すも、現実の既成概念に沿うより他無かった。

未明...

描くとは、おそらく大地の記憶と連なって一体になることではないか。と今は思う。
自らが定める一点に居を構えないかぎり、その日のピースは空想の産物でしかなくなるからな。


もちろん想像することでしか描けない場所もあるし、想像できるからこそ、それは存在の可能性を孕むとも言えるか。 ただし存在するには、一点の揺るぎない土台が、それが為の舞台を築くことが欠かせないわけだ。


まぁいいや。昔の吟遊詩人が遺した歌を、再生してみよう。詩の旋律が、執筆を少し手助けしてくれるから。

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純白の羽の君と
漆黒の翼の男

二人は籠から飛び出して
地上に舞い降りた

昔、そこは楽園だった。

今は一片の形も見えないが
...その場所は確かに存在した。


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私の生まれ育った時代がどのような境遇だったかは後に示すとおりで、楽園の所在など何処にもない、さしづめ夢想の類か狂人の戯言かと相手にされないものだった。

しかし、芸術における歌や詩、物語には時折、こういった心を揺さぶられる旋律が、部分部分に仄めかされている。 詩や音が、幽かな未来の希望となる。それらの旋律を元に、始まりの舞台を描き出すに至った。
そして私自身が現実に、数年の苦節を経て、遂に辿り着くことのできた場所だ。

今立っている、この大地は当時の私の到達点であり、新たな物語のスタート地点となった。


昔から、宇宙の音には、史歴の全てが宿ると伝えられている。 けれどもあらゆる場所の、発端から現在までを一律の文字に並べて保管すると、書庫が古今東西あまりに膨れ上がって手に負えない。情報に埋め尽くされ、必要な書節を手にすることさえ難しくなる。

ではどうするかというと、「検索」で文字の羅列を問いかけるのだ、その形に共鳴する文節を一時的に拾いあげることができる。「全ての本」には一定の形がないが、必要な頁を何時でも取り出すことができる。

宇宙に音が発せられた後、それらは幾つもの音に紐解かれ、存在を示し合わせるようになった。 歴史の中で、伝記の中で、学問の中で、音の片鱗が幾度も現れては、形を変えて次の世代に移り変わっていく。 私が触れて心に響いた旋律も、その内のほんの一部に過ぎないのだろう...


たとえ宇宙の音の一部分であっても、私という存在が感じ、魂を込めて望んだ場所だからこそ、形にし、次世代に遺したいと願う。私の生まれた当時の場所は、本当に何も響かない空虚な世界でしかなくて、空は、想像の中でしか形を生み出すことが出来なかったから、詩の旋律のような、類まれに美しい彼らの存在を感じ取れたなら、どれほど世界は素晴らしいだろうか。そんな背景を元に私の書は描かれ、大地の層に記録されていった。


始まりの地に辿り着くこと。たったそれだけの事が、如何に大変だったか...
今でこそ目の前に在る、此の地に芽吹きが訪れるまでの経緯を、いつかの未来の為に書き記しておきたい。

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