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巡る箱庭✨現世の記憶

3−2「現に迷える魂」

マーリユイトの生まれた世界において、魂は「世界」という枠組みの歯車だと認識させられていた。
嘘の「世界」に生まれた生命は真実の有り様を知らず、「彼ら」が作り上げた演劇の舞台を、偽りと欺瞞に満ちた仮面の配役を、大多数が演じ続けねばならなかった。


人は自らの想いを封じ込め、生まれながらにして、与えられた責務を、世界の役割を全うしようと努力し続ける。そうせねば、生まれた家ですら生きることを許されなかった。

命の糧に替わるもの...「世界の通貨」...お金。
お金という媒体が、かつての世界で様々なことを為すのに必要なモノだった。 眠る場所、日々の食事を得ること、ただ生きるためにも、お金が必要だった。
人々の価値観を雁字搦めにした概念、お金。


労働と従属、例え嫌なことであっても、自分の意にそぐわぬことでも、お金を得る為に従わねばならぬ。舞台に然るべき教育や訓練を受けて大人になり、そのように働いて賃金をもらい、そのお金で市場から食べ物を得て、何とか生き続けるのだ。

全ては、世界の統治者によって作られた社会通念だった。 人々は奴隷だ。ギリギリの状態から、お金を貯めて、それで少しばかりの自由と財産を得る。奴隷は、いつしか自らが世界の支配者にならんと努力を重ね続ける。


さて、賽の河原という、地獄の喩え話がある。
天井まで石を積み上げたら地獄から抜け出せるよ? というけれども。この世界の色んな存在が、積み上げてきた石を一斉に崩しにかかるんだ。参加者は自分一人ではないから、多数の参加者が蔓延する一方で、そもそもの石の数は限られる。他者の石を奪ってでしか、自らの石を積みあげられない仕組みだ。かつての「社会通念」そのものが、ルールを課して人々を争わせ、惨劇を弄んでいるようなものだったのだ。

人が人を蹴落としてでしか上に登れない世界。地獄から解放されるには、人は良心を犠牲にせざるを得ず、多くの人は葛藤に苦しみ、いつしか考えるのを諦めるようになっていた。
この世界、生きながらにして延々と終わることのない責務を、ただ受け入れるしか無い...と。



力なき子供の頃より、保育所という集団施設に通わされた。
そこでは「世界」で正しく生きるための常識・ルールを、まとめて課せられる。
誰もが持っていた、子ども本来の自由な夢・発想が抑圧される。

次に小学校・中学校・高校と、年齢ごとに管轄のクラスや施設に分けられ
同年代の子どもたちは、一斉に大人の社会の常識、唯一とされる正解、モノの考え方というものを学ぶ。

個の考えは愚かであり、世界の意向に従うことこそ正しい。
と、子どもに一方的なロジックを浸透させ続ける。


きちんと理解されしか?
訓練の段階ごとに、厳正な「テスト」を設け、その基準点を超えなければ一人前として認められない。知恵遅れの問題児、その両親に責務が問われる...という論外な風潮。世間から脱落する。だから、子どもたちは嫌でも、必死に勉強せねばならない。周りに認められる為に自らの心を殺さねばならない。家族の監視も、親としての責務を全うするのに必死なのだ。

もちろんレールからはみ出す子どもたちも居る。そんな子どもたちは不良と呼ばれ、社会通年から弾かれ、ずっと日陰で過ごさねば...という悲惨な結末を想起させられ、はみ出し者の人生を演じるハメになるのだ。

異端な考えをしようものなら村八分。だから皆、統治者の動向に従わねばならないと思い込んだ。

厳しい訓練を経て立派な一人前の社会人となったとき。
この舞台を維持するために配役を演ずる。死ぬまで。
何らかの責務を負ったまま、この世界を維持するためだけに、ただ動く。

教わった役割を演じ続けて、やっと人として生きる権利を与えられる。
この世界に「生きる」とは一体何なのだろう? 魂が分からなくさせられるのだ。

そんな歪な歴史が、時代の幾度にも繰り広げられていたのか。


私が生まれた時代は20世紀も終わりに差し掛かる頃。 周りを海に囲まれた場所。海、山、森、平原、文明の中心地、寂れた田舎、多種多様な土地柄が一箇所に集まったような、そんな所に生命を授かった。 その時、その時代に生まれ育った風景や世界観が、現実の当たり前として馴染んでしまうものだ。



純粋な子どもの頃より、周りの世界の歪さは次第に呪いとなって牙を向き
子どもたちの魂・心・自由は、否応なしに抑圧されていく。
絶対とされる社会通念の理に従わねば、生きられない。。。
そんな固定観念を植え付けられる。


呪いとは目に見えずして、気づかぬうちに魂を蝕むもの。



けれど幼いあの頃の記憶が...記憶だけが...
本当の魂を、光の旋律を想い出させてくれるのだろう...



マーリユイト。

あの子はいったい誰だったか?
私は知らない。事実知らない。

けれど私にとって、あの子はとても大切な存在なのだと思えてくる。
あの子だけは、どんな世界に居ても自由だ。


私の大切なキミだからこそ、頼みたい。
代わりに、真実の在り処を探し出してはくれないか?
キミの生きる糧は、私が何とかする。私はここで待っていよう。

だから頼む、どうか私たちの本当の居場所を。
この世界のカラクリを紐解いて、私たち魂の、想いの旋律を、本当の姿を。
想い出して...存分に解き放って...再びここに帰ってきて、ほし・・・



。。。。。。。。。。。




「...!」


ああ、私はこの世界で、何と呼ばれていたのだったか。


「...!!」


いつしか私は、自分の名前を思い出せなくなっていた。
繋がりがないと、すぐさま忘れ去る。思い出せない。

私は一人の場所で生きている。
本当の私は誰も知らない。


氣づけば、本当の私は、何処かに旅立ってしまった。
だが私の願いを託したあの子は、いずれ真実に辿り着くはずだ。
その時まで、私は何としても...待ち続けよう。
私の夢はきっと、あの子の運命そのものだから。

彼はすでに旅立った。
もう私一人では何も出来ない。


私たちはこの世界に囚われている。
どうかお願いだ...全てをここから救い出して...
私に、私の子どもたちに、人間たちの、真に在りし日の姿を...

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