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Timelessberry✨記憶の継承

2−5「記憶の継承」

♪BGM「記録の書」を鳴らす

目の前に映しだされたのは、燃え上がる炎の海。灰色の残骸。そして赤茶けた土。
世界が無残にも朽ち果てる最期の景観が、マーリユイトの心に焼き付いていた・・・


目を覚ませば、ただ一点の炎と星屑の灯り、在るのはそれだけだ。
さしずめ隔離された時空間を思わせる不可視な光景だった。

炎の主が、記憶の中でマーリユイトに語りかける。
炎の鼓動が体内に響き、時空間を超えて全身の感覚が冴え渡っていく。


『そなたの見た光景は、かつての古代文明がもたらした結末。
 その史歴は故郷の大地とともに崩壊し、新しく白紙の世界として塗り替えられる。
 誰もが過去から学べず、再び同じ過ちを繰り返しかねなかった。我々の星がそうだった。』

「......」

『だが全ての記憶は、ここ『最果ての地』に眠る。幾つもの星々が歩んできた歴史が集い、永遠に蓄積され続ける。過去は失われない。過去の全てが現在に繋がっているという自覚さえ出来ていれば...』


そんな想いの声を感じるうちに、
無意識にこぼれ出るルーン文字が、炎の継承を促した。


"Timelessberry"...時を超越する果実、を意味するスペル。



彼の自身は、氣の遠くなる年月の間、過去の記憶の檻に閉じ込められ、星の滅びを、同じ運命の結末を、夢の中で何度も何度も繰り返していた。 同じ運命を延々と繰り返す中で、自らが本当は何者なのか? 何を成したかったのか? 多くのことを思い出せなくなっていた。絶望だけが想いの内を木霊していた。

ただ、故郷を救いたかっただけだ。繰り返されるのは絶望。 変わらない結末にずっと縛られたまま、苦しみ、嘆き、悲痛の声をもたらすばかりだ。


『我は...無念の想いに、自らの絶望に囚われていたのだ』


炎の幻霊は、マーリユイトに微笑みかける。

失われる以前の自らの居場所を思い出した。自らは存在する全ての一部だったことを。
積年の想いを解放することで、全てを通じて自らの意志を後世に託すことが、出来るんだ。


「こくり・・・」


マーリユイトは、何も分からないながら頷いた。
すると炎の意識がもう一度、意識の内に寄り添ってきた。

追体験で記憶を共有する、異なる存在の認識が時空を超え、自らの内と共に在ろうとしている。
意識の統合と捉えれば、近代文明の内においても解しやすい。


『全てに委ねよう。お主らに託そう。我らの記憶(ちから)を...』


記憶の継承、単一の振動をもつ別々の存在が2つと重なり、
調和し、魂を宿す器に共鳴する「コード」のスペクトルを一つに束ねて。
炎の精霊から見たそれは、マーリユイトをエネルギー的にとらえた姿を映し出す。

マーリユイトの存在は今まさに炎の揺らぐ中心の層へと向かい、
さらにもう一つ"炎の紋様(コード"とも共鳴しつつあった。

マーリユイトはじっと黙って彼への理解に努めた。
彼の記憶を、彼の感じた世界を受け入れた。

炎を構成する粒子の集合体である魔法陣の光芒「炎の紋様(コード)」として



ハッとその瞬間、マーリユイトは目を見開いた。
熱エネルギー、全ての呪文の本質は、見えない細かな粒子の振動。
求めれば求めるほどに、熱く煮えたぎる鼓動のリズム...

炎が織り成す波動に絶えず揺らぎながら、収縮しては拡散し、収縮しては拡散し。
そこに自らの呼吸音が重なり、炎の遺した「古えの記録書」のスペルが読み解かれていく。
共振動を介して、炎の記述(スペル)が自分自身の中で再現されていったのだ。


広大な宇宙の中に、コンコンと湧き出る知識の片鱗。膨大な量の呪文の数々。
頭の中でそれは螺旋のように渦巻き、交錯していくのが分かる。

だがある瞬間に「鍵」はその中の一つ、どれでも良いのだと氣づいた。
それぞれの空間と時間の重なった座標点「一つ」で、全ての結末は事足りるのだ。


交わる一点こそが、その瞬間を交差する小宇宙の「炎」を宿す名前。



『我の真なる名を呼び覚ます。さすれば我が炎の記憶は汝の一部となる』


無意識に言葉が響いてくる。
マーリユイトは、その記憶に封じられた"真なる名"を一つ呟いた...

夢照(アマテラス)・・・】


大いなる炎を生み出したと伝わる神魔の名を、彼は詠び覚ました。
炎は深紅の宝石が核となる姿を型取り、虚ろなる存在として現世に投影されるのだ。

紅茶に浮かんだ星の欠片を中心に、光の粒が螺旋を描きはじめる。
魔法の図形が逆さに解かれ、昇華していく様。
星の結晶と深紅の宝石が一つになり、深い紅色の渦に染まっていく。



『炎の記憶は受け継がれた。
 我は《炎》を具現化した先代の力の一部...
 精霊【夢照(アマテラス)】の御名に於いて、我が炎は汝の力となろう。』




炎の灯りが、星の欠片が漆黒に飲み込まれる。
消える、光を。その暖かな輝きを見失い。

辺りは真っ暗になった。
手元には「Åume」というスペルの刻まれた紅の宝珠だけが残った。


いつの間にか風は止み、時計の針の音も聞こえなくなり。
くらくらと、視界の閉ざされる。

終わりではない。
同時に自分の時も、此れを境に進んでいくように。



本の溢れる小さな小屋で、マーリユイトは朝を迎えた。
真夜中を差す時計がどんなに動いても、眠る者には何も見えやしない。






さぁ、

炎の映し出す領域は、あらゆる世界の断片を問いかける。
傍ら、とめどなく溢れる歴史の痕跡が自身の輪郭を映し出す。

されどそれは理解されることの無いまま、
殆どが闇の彼方に消え去ったことだろう。


闇とは認識され難く、実在したことさえ忘れ去られるのが常だった。
だが、全ての存在は見えない領域を通して認識されている。

隠されたフレーズより、その真実に感づいた瞬間から、
眠っていた彼らの存在が、だんだんと覚醒の時を迎えるのだ。


全ては、かつて存在した。
その感覚を思い出すのだ。

思い出すだけで、それは今の時代を同時に生きることにもなる。
真実の覚醒(めざめ)の時を。






「探し物の一部は見つかったのじゃな・・・?」


氣がつけば、星空はすでに見えなくなっていた。
スセン老人は既に朝を迎え、書斎で淡々と万年筆を走らせていた。
新しさを思わせる真っ白のページ。冒頭に【炎の記憶】と綴られている。


「...ええ。とても不思議な体験でした。紅茶、ごちそうさまでした。」



マーリユイトは此の場所で炎の幻霊と姿を変えた存在。夢照(アマテラス)の「星」の記憶を授かり、
共に閉ざされた時空間に位置する、彼の生きた時代へと旅立っていった。

時を失った永遠との隔たりは、自らの刻を歩む意志によって再び結界を貫くのだ。

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