巡る箱庭✨冒頭の言葉

2−2「冒頭の言葉:過ぎ去りし世代

...始まりの書が綴られる以前、私は幼いの頃の記憶を思い返す。


─────────────────────────────


私は、人類の歴史が創りあげた「文明社会」に生まれていた。

当時の境遇において、人類とは「文明」を築き上げる為の歯車、だと認識していた。
「文明」とは、自然のものを資源として、便利と安心の暮らしを目指し、「人」が持てる知恵のみを尽くして世界を発展させようとした成果の積み重ねだ。

一見すばらしい理念に映るが、「文明」の支配下に生まれた人の生命は...「誰か」の作り上げた発明品によってお世話され、代わりにそのシステムを維持することを余儀なくされるモノだ。


人間とは、どんな存在か。私は後の章を描いてやっと気づくことができた。
文明に使われる人類は、人間とは言えない。自然の中での純粋な土台から新たな礎を築き上げるのが人間であり、生まれた頃から各々独自の創造が始まっているのだと、気づかされることになる。


しかし自然から切り離された文明至上主義の社会では、人は生まれながらにしてシステムの奴隷にしかならないのだった。 なぜなら、生命(食)の糧に替わるものとして「文明の通貨」...お金を得なければならなかったから。

そのお金という媒体が、文明社会で様々なことを為すのに必要なモノだった。「お金」は価値を保存でき、それが様々な物品やサービスと交換することのできる優れものとして発明された。が、生きるのに欠かせない、眠る場所、日々の食事を得ることにも、いつしかお金を介さねばならなくなっていた。


この意味不明な経緯も、後になって明らかになるが。。。

人々の価値観を雁字搦めにした概念、お金。
とにかく生きる為には、お金が真っ先に必要な世界だったのだ。


お金を得る為には、労働と従属をしなければならない。然るべき教育や訓練を施されて大人になり、やっと労働者として認められたなら、働いて賃金をもらい、そのお金で経済市場に用意された食べ物と住処を得て、何とか生き続ける。これがお金を持てば持つほど、世界から贅沢ですばらしい待遇を受けられる...ようなシステムだ。

全ては、世界の統治者によって作られた社会通念。 人々はまず奴隷だ。働かせて、お金を稼がせ、そして容赦なく使わせる。奴隷は、いつしか自らが自由と大きな財産を手に入れ、より上の立派な文明人にならんと努力を重ね続けておったが。



さて、賽の河原という、地獄の喩え話がある。
天井まで石を積み上げたら地獄から抜け出せるよ? というけれども。この世界では色んな存在が、積み上げてきた石を一斉に崩しにかかるんだ。石の奪い合いが起こる。参加者は自分一人ではないから、多数の参加者が蔓延する一方で、そもそもの石の数は限られる。他者の石を奪ってでしか、自らの石を積みあげられない仕組みだ。かつての「社会通念」そのものが、ルールを課して人々を争わせ、惨劇を弄んでいるようなものだったのだ。


人が人を蹴落としてでしか上に登れない世界。苦しみから解放されるには、人は良心を犠牲にせざるを得ず、明日を生きるために、上に登り詰めるために、仲間すら罠に嵌める。人間の心を捨てることへの葛藤がありながら、いつしか感情の抜けた機械のような偉人が、統治する社会になってしまう。

或いはこの文明社会に課せられた、延々と終わることのない労働の責務を果たし続ける...奴隷は、歯車のような存在に成り下がっていった。



尚、社会の中で立場の弱い子供は、同じ年齢の子たちを1まとめに分けた集団施設に通わされた。
そこでは「文明社会」で正しく生きるための知識・ルールを、年齢毎のカリキュラムに沿って教え込まれる。
子どもたちは、一斉に大人の社会の常識、唯一とされる正解、モノの考え方というものを覚えさせられる。

誰もが持っていた、子ども本来の自由な意志・発想が抑圧される。
個の考えは愚かであり、統治者や偉人の意向に沿うことこそ正しい。
と、子どもに一方的なロジックを浸透させ続ける。


きちんと理解されましたか?
仕上げに、厳正な「テスト」を設け、その基準点を超えなければ一人前として認められない。知恵遅れの問題児、その両親に責務が問われる...という論外な風潮。社会から脱落する。だから、子どもたちは嫌でも、必死に勉強せねばならない。社会から認められる為に、自らの心を殺さねばならない。家族の監視も、親としての責務を全うするのに必死なのだ。

決められたレールをはみ出す子どもたちは不良と呼ばれ、社会から弾かれ、ずっと日陰で過ごさねば...という悲惨な結末を想起させられ、はみ出し者の人生を演じるハメになる。

異端な考えをしようものなら村八分。だから皆、社会的な模範に従わねばならないと思い込んだ。


厳しい訓練を経て立派な一人前の社会人となったとき。
この舞台を維持するために配役を演ずる。死ぬまで。
何らかの責務を負ったまま、この文明社会を維持するためだけに、ただ動く。

そんな世界に「生きる」とは一体何なのだろう?


歪な暮らしぶりが、文明的な社会に繰り広げられていたとしても、誰もが素通り。それが「普通」という集団常識に染まってしまうから。社会の一方的な価値観を信じ続けて、やっと人は文明人として生きる権利を与えられていた、其処から抜け出すのが怖いのだ。

誰しもが、住み慣れた環境を離れるのに抵抗があるものだろう。



特に純粋な子どもの頃は、文明の利器に(便利で、面白くて、スリルがあって、楽しい、飽きさせない玩具)に甘やかされて育っていたような時代。
しかし子どもたちの魂・心・自由は、否応なしに文明社会のそれに意識を逸らされていった。
素晴らしいとされる社会通念の理に従わねば、楽しくは生きられない。。。という印象付けもそう。


呪いとは目に見えずして、気づかぬうちに魂を蝕むもの。



「...!」


一方でこの時代、私が成長するにしたがって、いつまでも続くと思われた人類の文明社会に、不穏な未来が予見されていた。

次のページへ
【現在の章】第二章「スセンの足跡」
1話 2話