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巡る箱庭✨冒頭の言葉

2−1「冒頭の言葉:過ぎ去りし時代」


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...新たな書が綴られる前に、私はかつての、幼少の頃の記憶を思い返していた。

歴史上に残された人類の為の文明が、終ぞ崩壊しかねない、世界の終末を謳われた時代だった。 なぜなら生命の森は地上から急速に失われ、灰色の墓標が入れ替わり建つ...蒼く美しい星の原型が判らないほどの、歪に捻じ曲がった世界になってしまったから。

当時の人々の大半は、表層の、目に見える「物体(かたちあるもの)」でしか物事を認識できないような感覚で生きていた。
心の状態や感情などは一切の形を持たない、その存在を蔑ろにされていた。人は、人間同士...或いは他の生き物たちと「心」を通わせることを普通に忘れていた。

彼らの云う「モノ事の価値観」、全うな人間に然るべき教えとは、たいてい目に映る事柄ばかり!見える処への気遣い!姿格好、立ち振舞、数値で表された成績、その肩書を整える方へと価値観を偏らせるばかりであった。

一人一人の生き方は色々あるにはあったのだが、その前に、人は一人では生きられず、集団の中で与えられた役割を担わねば生きていけないような社会であったから。周囲の生き方に合わせることが、まず鉄則と言えた。そのために、自分なりの生き方とは一旦折り合いをつける必要にも迫られたのだ。

そんな時代に、私は生まれる。しかし周囲の誰からも、産まれたての意識を邪魔されることの無かったのは幸いと言える。一人、考える時間を多く与えられた。面倒な集団の生き方と関わることも少なく、私は眠り、夢に浸り、何処かに在るはずの美しい場所を空想の果てに求めた。それでも一人前になって生きるには、嫌でも現実の社会に関わらなければならなかったが、ある意味において、そこをどう乗り越えるか...というのは。先の見えない混沌の迷路のようだった。



「偉い人(国とか戒律とか)の言葉に従いなさい、こーしなさい、あーしなさい。言う通りにすれば大丈夫、将来も安心して暮らせるのよ!」


...ご尤もな格言や教えほど、怖ろしいものは無い。人間社会で無力な立場の人(子どもとか特にそうだった)ほど従う他ないからか。大人から子どもへ、そういった規則のようなものを継承して社会の制度は大きくなっていった。彼らの決まり事(例えばお金とか)に付き従うほど、望むモノの大半を彼らが保証してくれるように映る。しかし、安直な指針に甘んじた対価(ツケ)は、全て何処かで精算せねばならないが...

先の展望を叶えるのに、自身で対価までを背負う覚悟ならば、その上で道を選ぶといいだろう。 ただ行先の見えないまま、都合の良い大人たちの言うとおりの選択を迫られると、どうなるか? うん、まぁ目先を生きるには困らないか。 しかし、対価として集団規則や制約、社会のシステムから殊更抜け出せなくなってしまうのだ。例えそれが最終的に、自身の命に反することであっても...だね。


どうしてかあの時代は、集団規則を重んじるあまり、一人一人の小さな視点は蔑ろにされてたし。子どもたちは社会単位で取り組むべき時間割や決まり事を定められていたし、それが普通という観念だった。どうにも。集団意識の独りよがりな人生設計を、それがさも最上のように求めさせる...幼い頃からお手本通り、さぁどの子が上手くできるかな? 競争によって掻き立てられる、自分こそが一番に恩恵を受けたい欲望、集団から評価されるための努力、に延々と縛られ続ける様は、まさに操り人形かな。


規則に則った他人の評価が、自身の価値の全てのように映ってしまう。そんな錯覚の中で、自分の価値を高める努力...とか、周りの大人から「いい子だね、よくできたね」と、褒められるだけでお終いだ。
そんな生き方して、何が残るかな? 一瞬のご褒美(お金)で終わりかな? ま、他者にどれだけの評価を乞い求めようと自分の意思ではどうにもならん。言われた通りのことを続けるしか無くなる。人間の形をした哀れな...


怖ろしい時代だったな。おそらくその世界において、人形のような存在が幾重にも蔓延っていたのだから。自身の本心とはかけ離れた、他者に乞い患う行動を取らざるをえない。その代償は如何ほどか、満たされることのない、賞賛を得ることへの、上に立つことへの、それら見返りを求めることへの、矛盾した欲望だけが渦巻く、人々の孕む矛盾は、見えざる呪いとなって、心の内部に成長し、己自身を蝕み、いつしか魂が人のそれでは無くなっている怖ろしいナニカ...場合によっては、そのは人じゃない何かにスリ替えられていたのかもしれない。


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...少し昔話が過ぎたか。いつかの悪い癖だな。
人生長く生きれば、やはりどうにもならないことへの心残りは、1つ2つ出てくるのかもしれない。
ま、その経験を経て今、穏やかな時の中にいるのだろうけどな。


考え直してもみる、人の感情は素晴らしく精巧なもの。内から湧き出づる深層の声こそ、どんな状況をも凌駕するほど強く、何処までも突き抜けていく。自らの魂の名において、新たなる未来を切り開く術よ。あらゆる枷を薙ぎ払い、一人一人が奥底に秘められた、魂の旋律を解き明かしたならば、心の在処と大切に向き合えたならば、すべての次元が望ましい未来を描き出すではないか!


一人一人の、星の数にも等しい感情の波が、無数の夢となって天空のキャンパスに放たれ、新たな宇宙の詞がこの世に編まれる。そうして新時代の物語が記憶の層に形成され、この書斎にも新たな時代の書が積み重なっていくことだ。


「存分に、形振り構わずにさ!?」


っておおう。気まぐれ妖精のお出ましだ。

稀に、突然に浮かんでくるシンボル。最初に認識したのはいつだったか。
明くる日、私は森の中で深い静寂に飲まれていた。
月のない星空、天上を仰ぎ見る。滅多に想念体の輪郭が目に映ることは無いが、この日は特別だった。


未だ見ぬ、理想郷を求めて旅に出ていた頃、迷い込んだとある山道で、夜の精霊と出会うことになる。
それは星空の導きなのか、幾千もの『星命()』たちに紛れ込んで見えた。
彼の存在は、まるで『夜空』の闇を映し出しているようにも思えた。


「他所者が。どうして此処に足を踏み入れたかな?」

...ああ、私は何処に行っても他所者だったのだ。


帰り道も、帰る場所も、無残にも喪失していた頃だ。 樹々の生い茂った暗い暗い道で、私という存在は闇に飲まれかけていた。 「迷い子の妖精」が然るべき帰路を塞ぎ、一寸先も後も、暗闇で覆い隠されていた。 山林道の冷たい空気が肌を差す中で、彼らは直に問うてくるのだ。


「還る場所が、どんな処かも覚えてないのかな?」


心の中で思ったことに?!反応を返されていた。己の中で僅かに残る表情が強ばる。
どうしたことだろう。考えることができない。それとも、口にするのが憚られるのか。

自分自身に言い聞かせるように思考を絞り出す。音のない対話が脳裏で行われていた。


「その在り処は未だ視えない。けれどこの道の先、未来に繋がるこの先に、私は向かっている。
 思い描かれる場所。志が一点に定まったなら、自ずから進む道が型どられてくる。
 一歩一歩進むのだ。例え困難に映ろうと、一つの想いを実現しうる強い意志を掲げて。」



風が、天空の彼方に問いかけを促した。星の瞬く、周囲の、瞬く間の表情の変化。私は進む。道を譲ってほしいと。 真夜中に挨拶を交わした厳しい視線の存在は、いくらか私の励みになってくれた。肌をさす感覚が鋭敏に感じ取れるようになった。風が、木々が、動物たちが、そして星霊たちが、共にいる世界。当時の私はきっと、然るべき場所へと旅立っていたのだ。

迷い人の痕跡は、無限に広がる大氣の鼓動となって記憶の層に垣間見れるだろうか。


現実は絶えず、未来を象る夢の一粒から成り、そのように行動し、結実し、過去の時間層へ凝縮されていく。 そうした揺るぎない意志を積み重ねた"証"こそ、今現在の自身の姿形、魂の礎に反映されてくるもの。

錆びついた既知の概念に囚われる故、存在の未知なる可能性を開花できないでは勿体ない。
だからこそ...始まりの物語は、白紙の状態から始まる。枠など無い、あらゆる法則を飛び越えた、未来への際限なき創造の光と、どのような()をも超越する強い旋律(おもい)こそが


「生命のあらん限りの輝きを、大河に灯らせてくれるであろう」




純白の羽の君と
漆黒の翼の男

二人は籠から飛び出して
地上に舞い降りた

昔、そこは楽園だった。

今、一片の形も見えないが
...その場所は確かに存在した。


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私の生まれ育った時代がどのような境遇だったかは冒頭に示したとおりであり、楽園の在り処など、さしづめ夢想の類か狂人の戯言かと相手にされないものだったな。

しかし、芸術における歌や詩、物語には時折、こういった心を揺さぶられる旋律が、部分部分に残されていたものだ。 詩や音が、幽かな未来の希望となり、それらの旋律を元に、冒頭の舞台を描き出すに至った。 私は確かに、音に模られた「翼」を持ってこの地に舞い降りたのだ。



宇宙の音には、史歴の全てが宿っていると言う。 しかし記憶の図書館として実際の本に並べると、あまりに膨大すぎて手に負えない。星一つ分ですら即満杯だ。 情報が溢れかえり、必要な本を手にすることさえ出来なくなってしまう。だから一定の形に留めておくことができない。

宇宙に最初の音が発せられた後、それらは幾つもの音に紐解かれ、存在を示し合わせるようになった。 歴史の中で、音の片鱗が幾度も現れては、形を変えて次の世代に移り変わっていく。 私が触れて心に響いた旋律も、その内のほんの一部に過ぎないのだろう...


そんな僅かな音であっても、私という存在が感じ、思い描いた場所を、次世代に遺しておきたかったんだ。当時、本当に嫌になるほどの空虚な世界であったから。 まず、理想郷への想いを焦がれた。想いは響きと成って言葉に紡がれ、書に纏められた。その書を元に、私の世界は描かれ、動き出した。


たったそれだけ。たったそれだけの事が、如何に大変であっただろう...
最初の本が描かれるまでの経緯を、これからの為に書き記しておこうと思う。

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