創造するということ(4)-思考イメージが作品となるまで-

思考エネルギーが作品となるまで


このコラムを例にとって見る。
私の言葉は、何のために書き残されているのだろう。と振り返る。

私は、とても記憶力が悪い。描いたことを右から左に直ぐに忘れてしまう。
だからこうして書き残している。文字が形となって、思考のイメージを思い出させてくれる。

もう一つ、私は作品を組み立てるスピードが遅い。
だから話すスピードに、言葉の創造が追いつかない。
その点、文字ならばゆっくりと自分のペースで形にすることが出来る。


なぜ創造を形にするスピードが遅いんだろう?
考えたことはあまりなかった。

余計なことを考えてるからか?
話す言葉は、自分の意志によってのみ形になる。
しかし言葉にしようとした途端、常識だとか周りの目線とか・・・
自分以外の何かの幻影に邪魔されてるのか。


曲作りも遅い。
あれは単に、音の創造性がイメージに追いついてないからだろうか。
音は、形になると、独特の周波数で思考を固定化する。
もっと自由で、感情と共に揺れ動くような旋律は、
形にする前にどこかに流れ去ってしまう。


作品をカタチにするスピードは、早ければ早いほど良い。
感じるままに描くことができるなら、どれほど良いだろうか。

夢の中ならば、感じるままにメロディが産まれてくるが
それを形に遺すことはほとんど出来ない。


かろうじて残った旋律の欠片を形にしては、出来上がった旋律に物足りなさを覚え
未熟な音に囚われては曲として想像通りの音を形にするのが、微妙に遠のいてしまう。

そこで考えた

耳を傾けるべきは、途中の形になったモノでなく。常にイメージなんだ。
もっと創造のイメージを鮮明に思い描いてみる。

形をなしたいという意志が、必要な旋律を自ずから決める。
より、イメージを鮮明に思い描くことに集中する。


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