創造するということ(10)-全ては内面に備わっている-

全ては内面に備わっている。

彼は一度、過ちを犯した。
最初は先代の神の創造物に対する憧れからだった。 そして、彼は同じようなモノを作り上げる能力を欲した。 彼は願ってしまった。その成り立ちを知りたい!と。


これは先代の神とは、些細なようでいて目指すところが大きくズレていた。 先代の神は、「宇宙のありとあらゆる存在を至高の喜びとして体現したい」が為に、全てを捧げた。 しかし後の、唯一の神にならんがための彼の行いは、「神としての能力を得ん」が為のものだった。

成り立ちを知りたい?では、創造することができない。 そっくりそのままを模倣できたとは思っても、創造物にその先の意志が感じられない。 意思なき創造の果てに、その作品に対しては役割は見いだせず、いずれ皆から忘れ去られるのみ。



最初から。

ただ感じるままに。
ただ感じるままに演奏し、それを体現すればいいだけのことだった。

いちいちラの音はこの音階で、この指の位置で、一寸も狂わずとか、そんなん考えて演奏とかしたら 本来の目的である「何か」をずっと見過ごしたまま。多くのエネルギーが徒労に消えたことだ。


いったい、何をやっていたのだろう。
物事の分別よ。その判断するところは何だ。

彼らは重大なところを見落としていた。
創造の真意は、創造物の構成だけに焦点を宛てても見えようがない。

創造とは意志が、創造の先にある意志が、自ずからカタチを得て産まれてくるものだ。 なんと単純な真理だったのだろう。


気づいたら、今直ぐに引き返す。
既に偉大な創造の能力が、全ての人に備わっている。
欲する必要はなかった。創造の源は、すでに自らの中に内包されている。

先代と同じような創造の能力が、すでに自分にも備わっていると。気づくだけで良かったのだ。


願いの実現はその先にある。
何がために創造するのか?

それまでも宇宙を創造した先代の偉業に打ち震えていた。
だからこそ憧れ、その能力を欲してしまった。しかし欲する事なかれ、創造力はすでに万人に備わっている。
それを無いものとして外側に求めた結果が、単に失敗だったに過ぎない。


気づけば、今直ぐに道を選び直せる。
さぁ、何を為さんがために創造するのか。

先代の神のようになりたくて?
先代の神は全てだ。全ては一つ。一つは全て。
自分自身もまた一つであり、全てに繋がっている。


みなが先代の神。


しかし違うのは、先代の神の別の可能性を内包しているということ。
自らの可能性に、新たなる神の力を見出せる。さぁ、感じるがままに創造を。
感じるままに音を体現し、空間を震わせてみて。

生きている実感、ほとばしるエネルギーの脈動。
感じるままに震え、突き動かし、創造をカタチにしてみて。


それは理屈を超えた何か。明確な意志のもと、カタチが自ずから出来上がる。宇宙の成り立ち。 永遠の星々が、その創造を完全なるタイミングで体現してくれる。

全ては一つ。一つは全て。


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