一冊の本で世界が変わることがある

アナスタシア「響き渡るシベリア杉」

2012年の末頃、たまたま友人がおすすめしてくれた。
この本に描かれてある文書、一見普通の分かりやすい言葉なのに、そこから感じ入るものがとてつもなく膨大で、読みすすむにつれ、いくつもの発見と、希望と、未来に確信を持てるようになってた。

最終的にこの本には、生きる過程の様々な場面で役立つことが書かれてた。

ページ数は普通。
なのに1フレーズ、1フレーズに込められたそれは、読むだけでハッとさせられる。
たった一節の中にどれだけ膨大な情報量が込められてることか!
それらの何と至るところに散りばめられてることか!

例えば、聖書の冒頭にはこう記されている。

「最初に言葉があった」

しかし正確には

「最初に意識があった。そこから言葉が発せられた」

このような、一つの概念が改まるようなフレーズだ。

たったこれだけの違いで、多くのことが一変して見えてくる!
これまで世に綴られたあらゆる解釈が一変するではないか!と…

つまるところ

「より重要なのは、その内容に込められた想い(意図)である」

子供との関わり方
菜園での植物との関わり方

が中心のテーマではあるが…

しかし、自分の経験と照らし合わせる事で、あらゆる分野に応用できる発見がいくつもあるんだ。

過去にさまざまな記事を書いた。
これらすべてが、上の一節から感じ取れた内容に繋がってくる。

曲作りに置き換えれば
「重要なのは、どれほど素晴らしい曲を描けたかではなく、どのような想いを込めて作ったか」

「曲の完成度」で聞いてた部分が一転して、「そこに込められた想い」まで感じ取れるような視点を得る。より適切な音を選べるようになるわけで。

目の前の一つ一つの事柄の、込められた意図に目が行くことで、全てに真実の片鱗が見えてくるのです。

自分にとって本当に必要なものは何なのか、とっても分かりやすくなる

だって、内面の意図が感じ取れたなら。嘘が通じない、本音の響きで聞いて、本音の響きで返せるようになるから。

語学も文法も膨大なマニュアルも公式も、形式や格式ばった振る舞いも、学校で習う色んな知識も、多くのものが取るに足らないものとなる。
視界がスッキリする。

「想い」を見るようにしたら、内容を一字一句追うなんてしないもの。
10分の1、100分の1以上ものスピードでそれが何を意味するか判断できるし。

人間関係だって、円滑になる。
想いをみて、想いで返せるようになれば誤解がなくなるから。

一般常識では測れない、計り知れない可能性を、自分の中に見出すでしょう。

改めて、自分の置かれてる状況を振り返って見る。クリアな視点で、どこをどうすれば自分に望ましいのか、より見えやすくなると思います。

今までの経験や、教えや、読んだことのある本に、これからの未来に、これまでと違った側面を、より自分に相応しい一面を、正確に見い出せるようになると思うのです。

この長さの文書、本の一節から感じ取れた一部で、こんなんがいくつあるんだ!?ってくらい充実してて、あらゆることに通じる本。

山奥の暮らしに移り住むとき、唯一この本は持ち運んだ。また何度でも読む。

読むのすごいオススメ。
皆さんにも推薦してみる(‘ ‘*)


1%の閃きが始まり

1%の閃きが無ければ、99%の努力は実を結ばない。
努力とは言葉の綾、ただ閃きに突き動かされているにすぎない。。

1%の閃きこそが、新たな創造へと導いていく。
 

必要なのは閃きだ。アイデアだ。
頭を使うんだ!!

トーマス・エジソンの格言が、無理難題を可能にする。
人間、やろうと思えば何でも出来るんだよな(‘ ‘*)

 
かの有名な発明家。彼は、新たなアイデアを次々に試した。閃きに突き動かされたんだ。閃きがあって、その後の99%が功を為す。発明家の真意は、発明家になって直に知る。素晴らしい未来を築き上げるのに、必要なのは最初の閃き。

 
「1%の閃きが無ければ、99%の努力は実を結ばない。」(。0 _ 0。)ノ


何をもって成功の定義ナノカ

生き延びること。

コレに尽きる。

 

これについて今までミスったのが

「みんなと一緒に」

 
という視点が抜けてたこと。

 

自分一人しか考えてなかったため

色々な面で行き詰まりと限界が来て、

結局は何にもできなかった、に等しい現状。

 

今からでも間に合うんだろうかね?

まぁ、生きてりゃ何とか成るんだろうね。

 

プラン書いとくか。どうせ今は錯乱してるから。メモ程度だ。

 
プランター栽培、畑、田んぼ、樹、草花、森林、

バイト、臨時店舗、ぷち店舗+庭、

家、車、都会⇔田舎

音楽、物語。

 

全部、同時進行。

出来るところからやってく。

現実に出来るトコまで、段階踏んでやってくだけ。

 

しょーじき、生き延びるための秘策は、皆で共有するしか無い。

そういう場を設けるしか無い。そういうのはとっとと開いてやっっておきたい。

下地がない。だから下地を作るトコから入る。

 
同時進行で、生きる基盤となる食べ物、畑の部分を整える。

家のことも兼ねて、だ。もう、全部バラバラだ。一箇所では今できん。ばらばらで行ったり来たりするしか無い。

せめて今は落ち着こう(o _ o。)

色々クリアせなあかんことが多すぎる。


数年後を生き伸びることが出来るか?

2022年を生き延びることが今の目標だ。

どうすればいいんだろうな。

 
西暦1997年に阪神大震災が起こった頃

1月17日、あの日の記憶はいつかの自分に重なった。

今の社会が無残に崩れ去ることを、あの日しっかり感じ取った。

 

ただ自分一人、山の中にこもって〜

みたいなことを考えてた気がする。

小学校5年くらいのころだった。

 

周りの何もかもがどうでも良くなった。

その日、しっかりと認識した。

あと何年だ。今の常識が通用するのはあと何年だ?

勉強しても意味が無い。働いても意味が無い。金???

ただ食べ物があればいい。凍えなければいい。

その為に何をするか。考え始めたのは、阪神大震災がキッカケだったんだ。

 

それまでも常に、自分が生き延びるための安心を求めていた。

それまで「戦争が怖い」だった。

次に「自然災害が怖い」だった。

その中でも「地震」には打ちひしがれる思いを感じた。

 
ずっと後になって、それら人災や天災は、人の行いが呼び寄せていたのだと知った。

地震で停滞する世の中の作りが問題なのだ。

戦争を勃発しかねない原因を作った今の世の中に、原因が在るのだ。

 

周りを変えようとも、それは不可能に近い。

だから、そういうのから離れて、自分一人、ひっそりと生きようと思ってた。

サイトを作ったのもその想いから、夢の世界に逃げ込んで。いつかこんな場所ができたらいい。

そんな思いで、周りから一線引いて、やってきた気がする。

 

他人なんかどうでもいいのだ。

もういっそ、自分一人さえ無事ならば。

子供の頃ってそうじゃない???

赤ちゃんは自己愛のかたまり。こういう考えって、素敵じゃない?

みんなが、みんな、自分の無事さえ考えて、自分だけ安全に生き延びることを「前もって」考えられていたなら

どれだけの人が救われるだろう。

 

みんなが、自分の世界を築いて、そこで来るべき時が来るまで安全にやり過ごすんだよ??

素敵だよね。外で何があろうと関係ないんだよ。

ねえ、分かってよ。

 
家族もろとも死を選ばんでくれよ。

なんで、親がこんな思いを抱かなくちゃいけないんだ。

頼むから無事でいようとしてくれ。

生きることに執着してくれ。

でないと、生きてる意味が無くなってしまうじゃないか。

 

子どもたち、子どもたちができたら、親は想うだろうぞ。

子供だけは無事で居て欲しいって。

その想いを汲んでくれよ。頼むから。

自分が、子どもたちが生きのびてこそ、先代たちの苦難が全うされるのだ!!!


また一からやり直しなのか(o _ o。)

ああ。。。

また、失敗してしまうんだろうか…

 

そんな思いが、最近ある。

ずっと同じ人生を繰り返してる気がする。

納得の行く答えが見つかるまで、ずっと同じ人生を繰り返している。

ほむほむ?

 
 
皆もそんな感じしない?

死ぬ間際、次はこうしたい、ああして生きていたい。

そんな未練を残して、次世代の想念に引き継いでいって。

生まれたばかりの赤ん坊に、その未練が宿る。

そして、また一から人生をやり直していく。

 

あるべきは、強くてニューゲームなんだ。

記憶を、前世の学びを内包したまま、今生に活かす。

同じ人生を歩むにも、繰り返し繰り返しやり直すことで

もっともっと洗練されて、いつしか、目的に適った結末に辿り着くことができるようにと。

 

今、この人生を生きてるうちにも。

どこか、以前の「記憶」を内包しているみたいなんだ。

 

でなければ、こんな既視感を抱くはずがない。

「ああ、また失敗してしまうんだろうか…(o _ o。)」と。

 

これは、タイミリミットが迫ってるということでもある。

または、最後の最後になってようやく気づいた時の、今までのほほんと暮らしてた自分自身への情けなさ。

最後に一つ、自分だけ助かっても意味が無いということに、気づくのが遅すぎた。

いや、もう一個あるな。

目標を「未来の完成形」ばかりに囚われ、「かつて」できた小さなことを軽んじすぎた。

 

その経過が、今だ。

全く何にも成せてない。

ただ、記事やコラムが積み重なっただけ。

まーーーーーー^ったく何にも成せてない。

 
いっそ何も考えず、音楽だけを作ってたほうがマシだったくらいに。

 

この人生、何だったの??

また死ぬの?

無様に死ぬの?? ねぇ。。。?

 

この間違い。

俺に責任はないよ。

親にもないよ。

社会にもないよ。

誰の責任でもないよ。

ただ独りでに起こった。

 

自然現象の一貫。

その中で、適者生存というように。

適応したもののみが生き残る。

変化する環境を理解したもののみが生き残る。

 

 

人間社会は歪みまくって、正常な判断のできる人間が少ないのが事実。

世間の大多数に惑わされてはいけない。

誰しも持ってる野生的な感覚で、自らの最善を尽くすんだ。