石碑のことば

ぐるんぐるん、周りが大草原。
辺り一面を見渡せる小高い丘に、古代文字の刻まれたいくつもの岩たちが、何らかの意味を成して連なってる。

ここに来た時、草原に波のようなうねりを見た。畝はこう立てれば良いんだ。水や風が蛇行して行ったり来たりしながら進んでいく紋様がみえた。

溶岩の流れや、水の流れが、長年かけて描いた芸術なのかもしれない。

平地では、今いる地点が点のようにしか認識できないけれど、少し高いところに行けば麓全体が見渡せる。全体の中の、その地点の特徴、どのような流れの中に位置して、どういった役割を担ってるかが、何となく。小高い丘は周囲を見渡せる場所だった。

目の前の存在、延長線上の姿が遠くに映し出されて見えた。

流れが見えてくると、その先はどうなっていくのかも、想像の先に映し出されてくるから。

ここは一点にして時空間を周囲全体に見渡せる場所。中心にピラミッドのように天に続く光の道が編まれてる。

中心の石を巡ると、文字が至るところに刻まれてて、一周する毎に物語が連なって詠まれていく。

歴史を感じる…

という難しい話をすぱーんと横においといて(。◕ ∀ ◕。)ノ

石の上は気持ちよかったです。
虫たちの声、鳥たち、風の映える音、石に響く、お日様の光に温められた石は暖かく、うとうと。

いつまでもここに居れる。
全部が開けてるから、心地よいのです。

夢の中で、石たちの言葉を聞くのかな。
感覚が、心地よいの感覚が、恩恵なのだと気づくでした。

あれこれ考えるのが勿体無かった。
この場所は心地よいのです。

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言霊を刻む

お前は何のために剣を振るうのか?

剣の心得
 

剣のより重要な部分は、剣を振るう目的であるとフォーカスした。
ならば、その文言を剣に刻むのはどうだ?!とアイデアが浮かぶ。

なるほど、それらの技法は過去にも存在したかもしれない。
名を刻んだ刀。のエピソードが思い浮かぶ。

 
「村正」

事の発端は知らないのだが…
おそらく、一振り目のそれは「村を正す」目的で鍛えられた剣だと感じた。
鍛冶師が村正という名???

では、鍛冶師の魂が「村正」そのものだったのだ。

当時の領主に対してかも知れない、もしくは村を支配していた何者かに対してかも知れない。ただ、後々の世にまで受け継がれるほどの情念を、この言葉によって刻まれたとも言える。

 
「村正」

そう念じて剣を振るう時
剣をとった農民の、もしくは立場的弱者の、己の信念をかけてでも大願を果たすというイメージが思い起こされてくる。

 
でも、現世には既に正すべき村が存在しないんだよね。
時を経て、それは目的を見失い、妖刀と言われるまでに至った。
方向性を失った、強いだけのものは危ないだけなのね。。。

 

ここまで回想終。。。
 
では、自らが剣を振るう時。
って、今の自分は鍬を振るうわけですがwww

鍬に名を刻むのはどうか??
 
なんと名付ける?

自らの目的に叶った名である。

その鍬は、エンチャントの篭った魔法鍬となるであろう。鍬だけど。

剣に、色々応用できそうですね。


剣の心得

剣はなぜ存在するのか?

かつて、人が圧倒的脅威に立ち向かうために鍛えぬかれた剣。
時代を切り開くために剣は振るわれ、自らの肉体を超えた強さを実現するために剣は存在した。

剣は力、身体の延長線上のかつてない力となる。
剣には生まれた意味があり、何らかの思念が宿っている。そこに使い手の意志が乗るわけで。
剣を初めて手に取る時、汝なぜ力を求めるか?を問われることだろう。

http://timelessberry.com/blog/768
 
何のために剣を振るうのか?

 
剣豪の魂よ。

主の言葉が聞こえるだろうか?

剣は形なきもの、振るう人の魂によってその役割を変化させる。
役割に見合った力を、人に与える。
 

楽しむために剣を振るう?
よろしい、ちゃんばらごっこの棒きれを与えよう(0 v 0*)

 
自らの意志を貫くために剣を振るう?
よろしい、お前の意志に見合った切っ先をその手に与えよう(‘ ‘*)

 
乱世を生き抜くために剣を振るう?
よろしい、命を懸けるにふさわしい真剣を主に授けよう(u u*)

誰かを守るために?
お前の生き様を示すために?
舞の芸術性を磨き上げるために?
ただかっこつけたくて?

剣。

剣は剣で向かい合う時
その剣に込められた思いが見えるものだ。

相対する瞬間から勝負は決まっている。
ちゃんばらごっこの剣が、どうあっても真剣には敵わないように。
剣舞と、戦場の剣は相容れない、まるで場違いであるかのように。

剣と剣のぶつかり合いは、双方の意志のぶつかり合い。
剣に込められし魂の強い側が相手を制する。

軸、重心の位置、太刀筋、構え、リズム、呼吸…剣の言葉がにじみ出ておる。
それらは相手を観た瞬間に把握できるのだよ、瞬間に勝負は決まっている。
意思弱きナマクラは真剣の前に返り討ち、それすら見えない奴は雑魚。

 
剣の心得。

術技とかは後付。


お前はなにゆえ剣を振るう?

剣の重み。
なぜ剣を振るうのか。

(。0 _ 0。)ノ

我は剣の記憶そのもの、我は読み取りしもの。
今此処に、御前の障害となりて立ちはだからん。

言葉は要らぬ、ただ剣で語るのみ。
我はこの剣を持って受けて立つ。
いざ参らん!

一合い、二合い。

どうした?
それがお主の本気なのか。
この程度なのか?

剣の重み。
この剣はお前の弱さを知らしめる。
おまえの剣に掲げる想いはこの程度なのか?

かつて生と死をかけ、自らの道を突き進まんと剣を振るった。
お前は真剣の重みを、時代を切り開いた剣豪の心を忘れてしまったのか!

だからお前は弱いのだ。
お前の剣への気持ちはこの程度なのだ。
なんと軽い、子供のお遊びではないか。

甘い!!!

我はお前の弱さを知らしめる者なり。
全身全霊をかけて我を打ち負かしてみよ!

ハァッッ!!!

両足はしっかり地を捉えよ!
力の足りなさは踏み込みで補え!
全身全霊を一撃一撃に賭けよ!
お前の本気を見せてみよ!

まだまだ甘い!!

お前はこれまで何を学んできたのだ。
付け焼き刃同然の我に勝てんなど話にならぬ。
先祖の名が泣くぞ?

まだ母ちゃんのおっぱいが恋しいのか?
え? 恋しいのか??

ハーッハッハ・ハ・ハ!!!!!!!

フンッ!!!!!!

悔しいか?
悔しいのか?
それでいっちょ前になったつもりか?
我が仮初めの名に太刀打ち出来ん程度で
何が剣士だ??

お前の目指すものはこの程度か?
お前はなにゆえ剣を振るう?

我は剣の記憶、我は読み取りしもの。
今此処に、御前の障害となりて立ちはだからん。

我はお前の弱さを知らしめる者なり。
全身全霊をかけて我を打ち負かしてみよ!

お前を弱いと宣う我を、己の弱さを打ち負かしてみよ、全力で剣を振るってみせよ!


死の概念に触れる

死後の概念に触れる

おじいちゃんの夢からもう一つ、死後の世界がどういうものかを感じ取った。
前記事→おじいちゃんの夢の園

人によって捉え方は様々だと思うのだけど、共通してる部分に時間の概念がないことを把握。

つまりは一瞬であり永遠でもある世界だ。
どういう事かと云うと、過程をすっ飛ばして、一瞬で完成形の世界に到達してしまうというもの。

調和の形、星は回るよ、くるくる。
種は芽を出し、成長して、実を成す、枯れて、でもそこから種が零れて、また芽が出ての。
木の場合は一瞬で大きくなり、朽ちてもまた新しい芽が出て、ずっと繰り返すうちに、その光景には一定のサイクルが出来上がる。

水、水は絶えず循環する。風も…

彼は歩む。
そのスピードは心臓の鼓動のよう。
早めれば移り変わりも早まり、ゆっくりになれば変化も緩やかに。サイクルの終着点は、変化しながら延々と続く世界となる。

生まれ変わる命は、若い時もあれば老いた時もあり、男の時もあれば女の時もある。なるほど世界の主は一なるものだが、その姿は一定ではない。

神の存在もそうなのだろうか?

ふむ、話を戻すか。

その人の、生きた間に構築した世界の延長が、死後に存在するんだ。成そうとした生き様の完成形、時空を超えて延々と続いている。

おじいちゃんはおじいちゃんになってから畑を耕し始めた。
そのお陰で小さな私は、食べ物がどこから来て、なぜ生きていられてるのかを知った。

おじいちゃんは、きっと見せたかったのだと思う。ただ生きてる間にできる園には限界があった。
けれど、先の意識に触れることはできる。日記帳。記憶。触れた先に、永遠の時を夢見る。
このまま彼がずっと生きて耕した先に何があるのかを。私は見たのだと思う。

夢が目標になる限り、彼の想いは受け継がれ、私たちにとって現実となる。
何百年、何千年と続いていく世界。もしその場所が素晴らしい光景ならば、天国に感じられるだろう。

自分が生きた延長線上にあるもの。
このまま永遠の時を生きると仮定した場合、日々の生活の中で自分は何を消費し、何を創り出しているのか…周りにどんな影響を与え続けて最終的にどう変わっていくのか?
自分の意志は、どこに向かっているのか…
何のために生きてるのか…

実際に私たちが生きて目にしてる光景とは、終着点(永遠の世界)に到達する過程でしかない。

過程は目標に向かって、次第に現実味を帯びてくる。
その先が天国か地獄かは、自分の感性が知っている。

日常を積み重ねた永遠の先に人生の答えがある。

望ましい世界に向かっているなら◎
望まない結果にしかたどり着かない場合、できるところから別の道を探らないといけない。

生きている間にしか、終着点は変えられない。

もしも虚無の世界があるとすれば、永遠の時を経て、ただ朽ちていくだけの世界。。

でも、ただ一つだけでもいい。
永遠性を宿す何かの種を蒔くことができたなら、世界の在り方は随分と変わってくるだろうと想う。