戦うべき相手を間違えてはならない

戦うべき相手を間違えてはならない。

戦いとは、錯覚・誤解・見落としから生まれるもの。
あらゆる存在に、存在する意味があった。
力づくで、他者の存在する権利を奪ってはならないのだ。

因果応報。やったことはかえる。
こうして、自分自身の世界を否定されることにも繋がるから。。。

 
戦うべき相手…?
 
もしあるとすれば、自分自身の怠惰に対してであろうか?
変わらない意識のまま年をとるとき、気づけば、時代に置き去りにされる。
自らの願いは叶わないだろう。。。

「自分の判断はまだまだ未熟」
 
この意識が、成長を見出すキッカケに思えた。

 

戦いは傲慢な手段だ。
自分がこれ以上どうしようもないことを現す。
余裕が無い時は、そうせざるを得ない場合がある。

 

だけど、思い出すんだ。
より最良の答えは、目前の存在の奥底に眠ってるということを。
今は価値を見出せてない、活用の方法を理解しきれてないだけなのだ。

 
私たちは本来、戦う必要性が無い…(o _ o。)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*